時代の風~第46回 異常気象と少子化 人はリスクを直視しない(2021年7月18日)
私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。
異常気象と少子化 人はリスクを直視しない
先日起きた熱海の土石流による被害は、本当に甚大なものであった。被害にあった方々に対し、衷心より哀悼の意を表したい。
それにしても、今回の土石流で崩れた盛り土の事業に対しては、その違法性について行政側から何度も警告があったらしい。それでも何もできなかったのか?
そもそも、このごろは毎年のように大雨、洪水、土砂崩れの災害が多発している。それはみな、気候変動のせいだ。人間がエネルギーを使いまくり、自然界の炭素をはじめとするさまざまな元素の自然循環を乱し、この地球環境を短期間で激変させている。その一つの表れが異常気象だ。
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大気中の二酸化炭素濃度は、長きにわたって 300ppm 前後であったが、産業革命以後、徐々に増え続けてきた。 1896 年、物理化学の創始者とも言われるスウェーデンの科学者アレニウスが、二酸化炭素は温室効果をもたらすので、その大気中での量が地球の気温に大きな影響を与えるだろうと指摘した。このころから事実認識はされていた。そして、大気中の二酸化炭素濃度の測定も以前から行われていた。それでも誰もこのことを真剣には受け止めなかった。
これまでの何百万年の単位で見て、 400ppm を超えることはなかったのに、ハワイでそれを超えたのが 2 013年。国連の SDGs (持続可能な開発目標)が採択されたのが 15 年。ちょっと遅すぎないか?
日本の少子化問題も同じではないかと思う。戦後、復員してきた男性が結婚し、平和になったことで人々は歓喜した。人口がどんどん増えて、政府は人口爆発を危惧した。そこで、夫婦に子供 2 人を基準とする住宅の設計や、ブラジルなどへの移住政策を打ち出し、人口増加を抑えようとした。それはすぐに効果を表し、出生率はどんどん低下する。そして、 1970 年代以降、女性が一生の間に産む子供の数は、2を多少下回る程度へ漸滅していく。
このままだと人口減少に転じるということは、誰の目にも明らかだった。同時に、都市部は増えても地方の農村での人口が減り続けていることは明らかだった。しかし限界集落という言葉が流布するようになった 04 年まで、地方創生などというキャッチフレーズはなかった。
高度経済成長期はもちろん、そのあともずっと、日本の国民総生産は上昇し、みんなが豊かになっていると実感していた。だから、その先にある深刻な人口減少と地方の凋落には、誰も注意を払わなかったのだろう。
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どうも、ヒトという生き物は、リスクに対する感受性が鈍いようなのだ。今、それほど困っているわけではないならば、現状がそのままあり続けるのが心地よい。そう願ってやまないので、現実を見る目が鈍る。私もそうだが、首都直下型地震が、そう遠くない未来にやってくると言われても、だから何かをしようという気にはなかなかならないし、引っ越しもしない。
そして多くの人々が現状維持でいいと思っているときに、どこかにそのひずみがあっても、それは見過ごされてしまう。
みんなが会議室で議論しているところに、どこからともなく煙が漂ってくる。だんだん濃くなる一方だ。会議中の人々はどうするか?なんと、何もしないのである。
これは心理学の実験だ。人が、目の前にあるリスクにいかに目をつぶるか、リスクを認識しようとしないか、を示す実験で、動画投稿サイト「ユーチューブ」でも見ることができる。実に恐ろしい。
どこかで読んだのだが、古代中国の哲学者である老子の言葉に、「物事を種のうちに見抜くことができる人は、天才というものだ」というのがある。それはその通りに違いない。
しかし、天才がそのような指摘をしても、周囲の大多数は天才ではないので、その指摘を無視する。かくして大変な事態が起きる。そこで初めて、普通の人々は考え直すのだ。
「煙探知器の原則」というのもある。来る、来ると言われていた危険が現実に起こらないことが数度続くと、それは煙探知器の誤作動だと無視されるようになる。いつかは本当の危機が訪れる。が、その時も誰もが無視して動かない。
( 2021 年7月18日)