時代の風~第58回 変わる世界 今はどこも途上国?(2023年2月5日)
私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。
変わる世界 今はどこも途上国?
変わる世界 今はどこも途上国?
久しぶりにタンザニアに行くことになった。ダルエスサラーム大学で講演をするのだが、私は、この国との縁が深いので、今回の訪問はとても楽しみである。
思い返せば 1980 年。私と夫は、日本の国際協力事業団( JICA 、現在は国際協力機構)の派遣専門家として、タンザニアの奥地に赴いた。最大都市のダルエスサラームから内陸へ 1000 キロ入ったタンガニーカ湖のほとりである。ここに、歩いて巡る、野生チンパンジーのための国立公園を設計することが仕事であった。
現地に行くには、タンザニア航空の飛行機がもっとも便利なのだが、これがいつ本当に飛ぶのか、最後の最後までわからないというシロモノだった。何時間も前から空港でずっと座り込んでいるのだが、「欠航」という看板が出ればおしまい。また街に帰ってホテルを探すことになる。
飛行機の終点は、キゴマという町だ。が、任地はそこからさらに 160 キロ南に行った場所なのである。そこまで行くには道路がなく、タンガニーカ湖を船で行くしかない。船外機付きの自前のボートがあるので、それで迎えに来てもらい、うまくいけば 1 日半ぐらいで現地に到着する。それは天候次第。
現地はと言えば、野生のチンパンジーが跋扈(ばっこ)している地域である。もともとその地で暮らしているトングェという人々がいるのだが、国立公園予定地ということで、彼らは移住させられた。国立公園の設置に協力する政府の役人として雇われている人たちだけが、そこに居住していた。と言っても、その人たちの家族もいるので、浜のあたりの村にはかなりの数の人々が住んでいた。
彼らは基本的に漁民、焼き畑農耕民である。現地は電気なし、ガスなし、水道なし。川の水をくみ、石油があればランプをともし、たき火でご飯をたく。そんな人たちといっしょに暮らした 2 年の間、こちらからも多くのことを教えたが、彼らに助けられ、彼らから学ぶことも実にたくさんあった。文化が違っても、ヒトというものはみな同じだと思わせる瞬間もあったし、文化が違えば、ヒトはこれほど違うものかと思わせられた瞬間もあった。
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こうして、 80 年から 82 年にかけての私たちのタンザニア滞在が、今の私たちの世界観の基礎を作ったのだと思っている。
その後、長らくタンザニアを訪れる機会はなかったのだが、 2007 年の暮れ、夫が東大で担当していたゼミの学生たちを連れて、再びタンザニアを訪れた。かつての任地にまで行くことはできなかったが、新しいタンザニアを見る機会を得た。タンザニアも確かに発展した。ダルエスサラームは、普通の大都市に様変わり。ショッピングモールもあれば、なんでもある。地方へ行く長距離バスの発着が正確なことには驚いた。
しかし、少し大都市を離れると、そこは昔のままの電気なし、ガスなし、水道なしの世界だった。女性たちが派手な模様の布をからだに巻いて、裸足で、薪の山を運んでいる。ところが、その彼女らがみな、左手では携帯電話で話しているのだ。ついつい話し過ぎると料金がかかるので、全部プリペイドだということだった。充電は太陽電池。現地には現地の知恵がある。
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さて、私たちがタンザニアに赴いた 80 年は、先進国が途上国に援助する、という考えが基本であった。進んだ国が、まだ進んでいない国の発展を助けるという、どちらかと言えば、上から目線の援助であった。
しかし、今はどうか?あれから世界は様変わりした。この様変わりには 2 通りある。環境破壊と気候変動が現実に悪い効果を及ぼしている。そして、新型コロナのパンデミックである。この二つの現象は、これまでの 20 世紀的発展のあり方の欠点と限界を世界に如実に見せつけた。新たに世界のシステムを作り直さねばならないのである。
それとは別に、昨今のインターネットをはじめとする情報通信技術の発展がある。これらの技術は、現実の物や土地などを離れて、人々のアイデアの交流を可能にした。これまでは不可能だったことのいくつかが可能になった。これらをふまえて、次はどんな世界を作るべきなのか?
その点に関して言えば、今はどの国も模索中の途上国なのである。
(2023年2月5日 )