2018.12.09
時代の風~第24回 国立大予算の削減 データで正当化する誤用(2018年12月9日)
国立大予算の削減 データで正当化する誤用
先月、中国の学者が、ゲノム編集を施した受精卵から双子の女児を誕生させたと発表した。ゲノム編集の技術はどんどん進んでいるが、それを本当に子どもに応用したというのは初めてだ。こんなことをしてはいけないと、世界中で懸念の声が上がっている。
また、最近、日本の財務省は、国立大学に対する予算を削るために、「削るという判断が正しい」ことを示すデータなるものをたくさん出してきている。各国政府の科学技術に対する支出とその国の論文生産性との関係や、主要先進国の学生 1 人あたりの公的支出に関するデータなどだ。
自然科学は、自然界がどのようにできているか、どんな法則によって動いているのかを知ろうとする試みである。自然を観察し、仮説を立て、それに基づいてデータを集めて検証を行う。検証の結果、仮説が間違っていることが分かれば、新たな仮説を立て直し、またデータを集める。その繰り返しにより、少しずつ説明力を増強していく。
科学は、仮説とデータを正直に突き合わせることによって、よりよい理解に至ろうとする不断の試みである。しかし、科学は「それは良いことだ」という価値判断は下さないし、下せない。科学が明らかにしたことから直接、そのことに関する価値判断を導くことは不可能なのだ。
ヒトという生物は鳥ではないので、自力で空を飛ぶことはできない、というのは科学の知見である。だからと言って、「ヒトは空を飛んではいけない」という判断は導かれない。だから遺伝子の働きが分かり、ゲノム編集ができるということと、ゲノム編集の子どもを作ってよいという判断とは別である。
それでは、科学は価値判断とは無関係かと言うと、そうでもない。価値判断そのものは科学と無関係だが、ある価値判断に基づいてものを動かそうとすると、科学的知見は大変に有力な情報である。飛べないのに空を飛ぼうと決めたら、何に注意せねばならないか、科学は教えてくれる。
つまり、価値判断は独立にあり、その判断を実行に移すための材料として、科学的知見が利用できるのだ。「男女は平等に扱われるべきだ」という価値判断を取るとき、それを有効に実現するには、男女のからだの作りや心理や行動、教育や社会体制に関する科学的研究成果が役に立つ。しかし、「男女は平等」という理念自体を正当化する科学的データは存在しない。
科学的知見が価値判断を導かないのと同様、ある価値判断を正当化する科学的データも存在しないのだ。「男女平等な社会の方が生産性が高い」というデータが示されたとしよう。これは、平等を正当化する科学的データだろうか?違う。そこには、男女は平等であるべきだという価値観に加えて「社会の生産性は高い方が良い」という価値判断が入っている。これらが正しいことを示す科学的データはない。
「エビデンス(根拠)ベースの政策決定が重要だ」と言われる。それは、ある価値判断のもとに政策を立てたとして、その政策が本当に有効に働くかどうかを検証できるエビデンスが必要だ、という認識からきている。政策の理念そのものを正当化するエビデンスが必要という意味ではない。
財務省の資料は、「日本の国立大学にはかなり多くの公的支出が行われているのに、国立大学の論文生産性は低い」という仮説を検証するためのデータではあろう。正しい検証ができれば、仮説は立証されるかもしれない。しかし、たとえ、日本の国立大学に対する政府の支出が世界一であることがデータで示されたとしても、そのデータ自体が「政府の大学への支出を減らす方が良い」という判断を導くものではない。判断には別の理由があるのだ。
私自身、日本の国立大学が、このままでよいとは思っていない。が、国からの支援に関して、国立大学同士を互いに競わせる政策が、国立大学を良くする有効な政策だとは思わない。それは、私自身の価値判断である。しかし、ここで言いたいのは、いろいろな価値判断の是非ではなく、科学的データの使い方である。
データは仮説の検証のためにあるのであり、価値判断を正当化するためにあるのではない、ということはしっかりと認識されるべきだと思うのだ。
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