2017.07.16
時代の風~第12回 ヒトの思春期(2017年7月16日)
ヒトの思春期
失敗だらけでいい
思春期は人生の中でも難しい時期である。子どもから大人になる橋渡しの時であり、からだも脳も大きな変化を経験する。だいたいにおいてからだは丈夫で健康なのだが、心の中は波瀾(はらん)万丈。15歳から24歳の死因のトップは自殺、2番目は不慮の事故である。精神疾患の最初のきざしが出てくるのも思春期。実に悩み多き時期である。私は、数年前から精神科医たちとともに、ヒトの思春期に何が起こるのかを包括的に調べる大規模な研究に取り組んでいる。
生物学的な思春期はいつから始まるのだろう? 思春期に最も顕著なのは、性ホルモン分泌の活発化である。女子で12歳ごろ、男子で14歳ごろと言われているが、栄養状態その他、子どもが置かれている状況によって、その年齢は変化し得る。また、ヒトの思春期に特徴的なのは、身長がぐんぐん伸びる「スパート」が存在することだ。これまで着ていた服が翌年には着られなくなるような急成長のピークである。
では、思春期の終わりはいつかというと、これも定義は難しい。ヒトはいつから「大人」になるのか? 日本の民法では、女性は16歳、男性は18歳から結婚してよいことになっている。この定義によれば、「大人」になるのは男性の方が遅いのだが、生物学的には、実はそうではないのだ。
身長がぐんぐん伸びるスパートの年齢を基準にすると、女性のからだの形態が大人のようになるのはスパートより前だが、月経周期が成人女性のそれと同じになるのは、スパートよりも数年あとである。
一方、男性の精子形成はスパートの年齢より前に完成している。が、筋肉がついて大人の男性のようなからだになるのは、スパートよりも数年あとなのである。つまり、女の子は、外見が大人の女性のように見えてもまだ生殖能力は低いのだが、男の子は、外見が大人の男性になる前に、既に生殖能力は十分に備えているのである。
しかし、性的成熟だけが大人の基準ではないし、法的に結婚できることと、大人であるかどうかということは必ずしも同じではない。生物学的な成長と、社会的文化的要素とが密接に絡み合って「大人」がつくられる。
さらに、からだの機能の完成と脳の機能の完成とは時期がずれる。18歳ともなれば、男女ともに生殖能力は十分に備えているだろう。しかし、衝動を抑えて全体的な判断ができるようになるのが「大人」だとすると、それを可能にするための脳機能が完成するのは、実に20代半ばなのである。
つまりヒトの思春期は10年ぐらいも続く。こんなに長い思春期を持つ動物は、ヒトのほかにはいない。なぜそうなのかといえば、それは、ヒトの脳が異様に大きいからだ。脳が大きいゆえに、大人が非常に複雑な社会を営んでいる。生業のための技術もたくさん習得せねばならないし、多様な社会関係も築いていかねばならない。そんなこんなをなんとか1人でこなせるようになるには、10年ほども必要なのである。
思春期には、性ホルモンが脳にも多大な影響を及ぼす。さまざまな衝動が高まり、同性間の競争が高まる。同時に、同性どうしの信頼関係の構築も大事だ。だから、みえを張った自己顕示もすれば、徒党を組んで悪さをすることもある。からだの奥から湧き上がってくる衝動に、自分自身どうしたらよいのか分からない。それが思春期である。
この思春期の「はちゃめちゃ」さは、いったい何なのだろうか? 進化人類学的には、これは無くすべきものではなく、必要なものである。人生の道筋は人それぞれにさまざまな可能性があり、社会の中で何をすべきか、一元的に決まるものではない。思春期は、自分なりの生き方を探す「お試し期間」である。どこまで何をするか、どこから以上はだめなのか、自分は何が得意なのか、社会関係はどのように作ればよいのか、異性を愛するとはどういうことか。分からないことだらけなのだから、何でもやってみればいい。いや、やらなくては、先に伸びようがない。失敗だらけで当然なのだ。
今の社会は過度の安全志向であるが、子ども時代も思春期も安全に「そつなく」過ぎるようにすると、社会の発展性もしぼんでしまうのではないだろうか。
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