2024.11.18
【プレスリリース】月面利用の拡大に向けた先行的な技術の研究開発開始!~超小型・高機能な宇宙放射線環境の計測技術とリアルタイム被ばく線量評価システムの構築~
名古屋大学宇宙地球環境研究所、東京大学、京都大学、神戸大学、高エネルギー加速器研究機構、総合研究大学院大学、理化学研究所、東京理科大学は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)が募集した「2021年度 月面での科学研究・技術実証ミッションにかかるフィジビリティスタディテーマ1)」に採択された「月面利用の拡大に向けた超小型・高機能な宇宙放射線環境の計測技術とリアルタイム被ばく線量評価システムの構築」の研究成果2,3))を発展させ、月面上・月軌道での将来の搭載機器開発を促進させるための先行的な技術の研究開発(フロントローディング)活動を開始します。
本研究グループは、今後も技術成熟度レベル(Technology Readiness Levels:TRL)を向上させることで月面探査に向けた搭載機会を獲得し、人類の深宇宙への進出に貢献する研究を加速します。
本研究のポイント
今後の人類の月・火星への探査において、月周回・月面の宇宙放射線環境計測は、被ばくや放射線影響の低減、放射線防護技術・遮蔽設計に直結する、極めて重要なキー技術です。特に、以下に示す2つの視点で、月における宇宙放射線環境計測の重要性があげられます。
視点1. 月面での有人活動における宇宙放射線計測・評価・予測の重要性
- 月面・月周回において有人活動を行う際に、宇宙放射線(太陽放射線、銀河宇宙線、磁気圏電子)の様子を定常的に把握し、評価、さらに予測を行っていくことは、今後の持続的な宇宙開発にとって必須となります。
視点2. 月面多点での宇宙放射線計測を実現するための必要技術
- 月周回・月面探査機搭載のためには省電力かつ小型の計測装置開発が必須となります。また、この省電力・小型化の技術は、将来、可搬型(モバイル)、さらに月面ローバー搭載可能型の放射線計測装置への応用や、月面多点での無人放射線観測モニター(月面百葉箱)装置へと展開し、月面多点において、リアルタイムでの宇宙環境計測を行う基盤となります。
これらの点をふまえて、本研究グループでは、省電力・小型という特徴を有した月放射線計測装置として、3機器LEON, PS-TEPC, Lunar-RICheSの装置開発に取り組みます。
研究背景と内容
本テーマは、JAXA国際宇宙探査センターにおける「2021年度 月面での科学研究・技術実証ミッションにかかるフィジビリティスタディテーマ」の課題A(持続的な月面探査と月面利用の拡大に不可欠な月面環境情報(ground truth)の取得ならびにそれに基づく環境予測モデル(予測方法)の構築)のカテゴリーとして採択されました。今後国際宇宙探査活動として想定されている月面モビリティや拠点インフラの構築に向け必要な宇宙放射線環境情報について、実際にその場を観測すること、さらにそれらのデータをもとに観測の行われていない地域・地点に対する環境予測を行うモデル構築を実現することを研究目的として、実現性検討(フィジビリティスタディ・FS)を2022年から2023年にかけて行ってきました。
これまで、本研究グループでは下記A~Cの3つの装置について、ASIC(集積回路)化を軸に、省電力化・小型化技術を用いた観測・データ評価の手法と実現性検討を行ってきています。今回のフロントローディングにおいて、この3つの装置のTRLを高めていくことを目的としています。
□帯電に関する計測技術
A. 月環境用電子計測器 LEON (Lunar-environment ElectrON sensor)
LEONは、固体物質の帯電を引き起こすキロ電子ボルト(keV)からメガ電子ボルト(MeV)のエネルギー帯の電子について、その入射エネルギーと到来方向を計測することで、月面環境の帯電・電位推定を行い、多様な環境下での現象およびリスク評価を実施する電子計測機器です。月面観測に向け、これまで個別部品で構成していた信号処理回路部分をASIC化することで観測器の小型化を図るとともに、検出器の新規開発により観測エネルギーレンジの拡張を目指します。
□被ばくに関する計測技術
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC (Position Sensitive Tissue Equivalent Proportional Chamber)
PS-TEPCは、宇宙放射線影響評価に必要な陽子及び重粒子のLET(線エネルギー付与)と吸収線量を測定するための宇宙環境用線量計です。生体組織等価ガスを封入した検出部に荷電粒子が与えたエネルギーとその飛跡をμ-PICと呼ばれる電荷収集デバイスにより同時測定することで、1粒子毎のLETを取得でき、線量当量の定義に忠実な線量計測が可能となります。また、生体組織等価物質を使用していることにより、線量換算における誤差を小さくすることができます。検出器からの信号をASICにより処理することで装置の大幅な小型・軽量・省電力を図り、月周回に向けた線量計を開発します。
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS (Ring Imaging Cherenkov Spectrometer)
Lunar-RICheSは、宇宙放射線影響評価のための線質・線量評価に欠かせない、高エネルギー粒子線 (太陽フレアに起因する太陽高エネルギー粒子や太陽系外から飛来する銀河宇宙線) のエネルギーを計測する装置です。積層センサとリング撮像型チェレンコフ検出器を組み合わせることにより、地磁気圏外での15 MeVから2ギガ電子ボルト (GeV) の広い範囲で粒子のエネルギースペクトルを、世界で初めて計測します。ASIC を用いることで、人が簡単に持ち運べるサイズに小型化することを目指します。月面や月近傍のあらゆるところに設置することにより、宇宙放射線被ばく管理や宇宙天気予報など、幅広い分野での活用が期待されます。
研究体制
本フロントローディング研究では、11機関24名のメンバーにて研究開発を行います。
研究代表者 | 三好 由純 教授(名古屋大学 宇宙地球環境研究所) |
ミッション サイエンティスト | 永松 愛子 参事(宇宙航空研究開発機構) |
□帯電に関する計測技術
チームリーダ | 笠原 慧 准教授(東京大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 笠原 慧 准教授(東京大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 三谷 烈史 助教 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 原田 裕己 助教(京都大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 臼井 英之 教授(神戸大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 三宅 洋平 准教授(神戸大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON | 栗田 怜 准教授(京都大学) |
A. 月環境用電子計測器 LEON |
西野 真木 主任研究開発員 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所) |
□被ばくに関する計測技術
チームリーダ | 永松 愛子 参事(宇宙航空研究開発機構) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 岸本 祐二 准教授(高エネルギー加速器研究機構 共通基盤研究施設) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 佐々木慎一 ダイヤモンドフェロー・名誉教授(高エネルギー加速器研究機構) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 高橋 一智 専門技師(高エネルギー加速器研究機構 共通基盤研究施設) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 窪田 雅弓 5年一貫制博士課程学生(総合研究大学院大学) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 寺沢 和洋 助教・客員(慶應義塾大学・宇宙航空研究開発機構) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 身内 賢太朗 准教授(神戸大学) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 佐藤 達彦 研究フェロー・客員教授(日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構) |
B. 位置有感生体等価比例計数箱 PS-TEPC | 永松 愛子 参事(宇宙航空研究開発機構) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 低エネルギー計測部 | 永松 愛子 参事(宇宙航空研究開発機構) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 低エネルギー計測部 | 藤井 雅之 客員(宇宙航空研究開発機構) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 低エネルギー計測部 | 藤田 康信 客員(宇宙航空研究開発機構) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 低エネルギー計測部 | 寺沢 和洋 助教・客員(慶應義塾大学・宇宙航空研究開発機構) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部 | 玉川 徹 主任研究員・室長(理化学研究所) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部 | 中村 吏一朗 特別研究員(理化学研究所) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部 | 大田 尚享 大学院生リサーチ・アソシエイト(理化学研究所) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部 | 幸村 孝由 教授(東京理科大学) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部 | 内田 悠介 助教(東京理科大学) |
C. 月探査機搭載用チェレンコフ検出器 Lunar-RICheS | 高エネルギー計測部部 | 佐藤 丞 修士課程学生(東京理科大学) |
今後の展望
本フロントローディングでの研究成果は、今後の月周回・月面開発において
―月面多点での宇宙放射線計測の実現(月面百葉箱)
―宇宙放射線環境リアルタイムモニタリング(評価・予測)の実現
―帯電・被ばく量の導出と、月面被ばくハザードマップの策定
に活用する予定です。これらの技術は、太陽高エネルギー粒子(SEP)の発生にかかる宇宙天気予測、月面食糧供給システムの安定運用、月面構造物建設における遮蔽設計・防護対策やモバイル計測器による縦孔底・地下空洞など地下環境サーベイなど、今後の月周回・月面における新たな有人拠点活動(ハビテーションマ4)
)に活用されることが期待されます(図1 本研究成果の月環境での運用イメージ)。