2024.02.28
次世代赤外線宇宙望遠鏡のためのイマージョン・グレーティング開発
SOKENDAI研究派遣プログラム 採択年度: 2023
榎木谷海
イマージョングレーティングは階段のような回折格子反射面を持つ分光素子です。光は屈折率 n の媒質中を通り、階段状の回折格子面で反射し、入射してきた面から出ていきます。同じ波長分解能を仮定した時、従来の分光素子と比較すると分光素子の体積を 1/n3倍になり、小型化が可能です。
光には波の性質があり、波の長さ(波長)によって光の色が決まります。目で見ることのできる光は可視光線と呼ばれ、その可視光線よりも長い波長の光が赤外線です。赤外線はその波長の長さによって3つに区切られることが多く、1番短いものが近赤外線、中間くらいのものが中間赤外線、1番長いものが遠赤外線と言います。特に、水や二酸化炭素などの興味深い分子の遷移が多く含まれているのが中間赤外線領域です。そのため、高い波長分解能を有する赤外線宇宙望遠鏡を用いた観測による様々な科学的成果が期待されています。例えば、波長分解能(波長とその分光分解能の比)R = 30,000の観測装置を用いると惑星形成論に非常に重要な存在である原始惑星系円盤内の水スノーラインの位置を同定可能になると示唆されています。しかし、この波長分解能の宇宙望遠鏡用観測装置は実現していません。その理由の1つに、観測装置の大型化があります。一般的に、観測装置は波長分解能に比例して大型化し、その波長分解能は回折格子などの分光素子により決まります。R = 30,000 の観測装置を従来の手法で製作すると分光素子のみで大きさは60 cm、観測装置全体の容量は85Lと極めて大きくなり、我が国の天文衛星への搭載は極めて困難です。私はこの課題の解決に向けて、CdZnTeを材料としたイマージョン・グレーティング(IG)という分光素子の開発を行なっています。IGは屈折率 n の媒質中に光を通すことで、分光素子の体積を 1/n3倍にすることができます。この技術を用いると、R = 30,000 の観測装置の容量を10Lに抑えることができます。しかし、IGの候補材料であるCdZnTeの中間赤外・5 K(使用温度)における屈折率の値が必要な精度で明らかになっていません。そのため、私はJAXA宇宙科学研究所及び名古屋大学平原研究室の共同研究者と共に当該条件におけるCdZnTeの屈折率を正確に測定するための装置を開発しています。
本研究では、我が国のスペース将来計画として検討が始まっている赤外線宇宙望遠鏡 GREX-PLUSに、本IGを用いた観測装置の搭載を目指しています。
派遣先滞在期間
Date of Departure: 2023/11/6
Date of Return: 2023/12/8
国、都市等
日本・名古屋市
機関名、受入先、会議名等
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学・平原靖大研究室
発表題目
第32回日本赤外線学会
発表題目:中間赤外線イマージョン・グレーティングの極低温赤外線屈折率測定装置の開発
同学会にて、「学会優秀発表賞」を受賞いたしました。
派遣中に学んだことや得られたもの
今回の派遣では、真空・極低温技術を習得するために、名古屋大学の平原靖大研究室に1ヶ月滞在させていただきました。平原研究室ではCdZnTeの極低温透過率測定用も含む様々な測定装置で真空冷却実験を実施しています。派遣期間中、私はそれらの実験に関わりながら、自身の屈折率測定装置に真空・極低温技術を導入するための方法を検討していました。実際に装置に触れながら知識や技術を習得したことで理解が深まり、また共同研究者と密にコミュニケーションが取れた有意義な研究派遣でした。
物理科学研究科 宇宙科学専攻 榎木谷 海(えのきだに うみ)
・出身:大阪府松原市
・趣味:プロジェクションマッピング、ボルダリング、中井貴一