対談 大隅良典 総研大名誉教授(2/3ページ)
酵母と付き合って40年 顕微鏡をひたすらのぞいて世紀の発見
岡田 いよいよオートファジー(細胞の自食作用)のお話になります。留学から東大に戻られて約10年後、43歳で助教授に就任され、初めて研究室を持たれました。
大隅 安楽先生の下では一貫して酵母の研究を続けていましたが、研究室を持ってからは、新しいテーマで研究しようと考えました。
一般論ですが、外国で取り組んだ研究テーマをそのまま日本で続けようとするとうまくいかない傾向があるようです。そこの研究システムの中でこそ成り立っている研究なので、分家は本家にはかなわないということかもしれません。
永山 研究活動の方向付けは、やはり先生の大局的なご英断だったと思います。
大隅 ただ、アメリカでの研究活動中の経験で思い浮かんだことが1つありました。実験作業後に捨ててしまう上澄み液にオルガネラ(細胞小器官)が濃縮されていることを光学顕微鏡での観察で気付いていたのです。
そこで私は、液胞は細胞の中でどのような分解機能を持っているのか、そして分子のレベルまで迫れるのかという、当時まだ解明されていなかった分野を追究しようと考えました。とにかく顕微鏡をのぞいていることが好きだった私は、新しい研究室ではこのテーマに基づき、液胞の機能を解明することを目指し、観察を繰り返しました。
酵母はいつタンパク質を分解するのか。実は、胞子形成という細胞分化は、窒素源という飢餓状態で起こり、減数分裂して4つの娘細胞をつくります。飢餓状態では、分裂作業に必要なタンパク質は全部自分で分解するしかないからです。この窒素源飢餓がキーワードですね。
そうであるならば、液胞内に分解酵素が欠落した酵母をストックセンターから取り寄せ、窒素源飢餓状態の液胞を入れてやると、予想した以上に細胞が活発に動き出したのを発見することができました。私は面白くてずっと顕微鏡に見入り続けていました。この観察が、私のオートファジー研究の原点になっています。このときの体験から、今でも私は研究活動の基本として、顕微鏡で観察することの大切さを学生にも伝えるようにしています。
その後、埼玉大学から来た女子学生の優秀な観察技術の助力も得ながら、遺伝子学の理論も採り入れて酵母のオートファジーについて研究成果を上げ、論文をまとめることができました。
ヘテロな環境が人を育てる 安心して研究に没頭できる環境が大切
岡田 そして、公募に応募された結果、1996年に基礎生物学研究所の教授として赴任されました。2004年には本学生命科学研究科教授に就任され、実質10年にもわたり多数の研究者を育てていただきました。ありがとうございます。現在の本学の大学院教育や研究について、先生はどのようにお考えでしょうか。
大隅 総研大の学生はさまざまな大学から集まっていて、私が常に重要と思う「ヘテロ」な環境、つまり異なったバックグラウンドを持つ人材の多様さが研究活動において新しい発想をもたらす土壌をつくっていると思います。留学も同様で、研究活動だけでなく世界中の生活・文化・宗教などに触れることができる点でも重要です。
例えば1つの研究室に、サイエンス力、プレゼンテーション力、コミュニケーション力など、それぞれに優れた人がいるとすると、お互いが切磋琢磨することで研究室全体のレベルが上がっていくのです。能力や考え方が横並びのような集団では、そうはなりにくい。
永山 最近の研究室は、専門が細分化してきたり、学生の人数が減ってきたりして、少人数になる傾向があるのも非常に問題で、やはり1つの研究室の中で閉じていてはいけないということですね。
岡田 1990年から2000年にかけて科学技術研究予算は2倍に伸びましたが、2004年に国立大学が法人化されてからは逆に毎年1%ずつ減っていき、この12年間で12%以上減った結果、研究費が不足する研究者が飛躍的に増えました。大学共同利用機関でさえ研究費獲得に奔走している始末です。科研費などの競争的研究費獲得に研究者は大変な労力を強いられているのが現実です。しかも具体的な成果が常に求められる。
落ち着いて研究できる環境が失われつつあり、このままでは若者が研究者を目指すことを敬遠してしまうような事態にもなりかねない状況です。そうなると日本の学問水準が低下してしまい、国としても大きなマイナスになるでしょう。近い将来、ノーベル賞受賞者を輩出できなくなるかもしれません。
大隅 若手を支援するという名目で少しばかりの研究支援を行う制度もありますが、助手などでも任期付きになっている現状では、留学にも安心して行けなくなってしまいますね。
岡田 国立大学約1万7千人の若手教員のうち約4千人がこの10年間でパーマネント以外のポジションに替わった現状を私は危機的なものと認識しています。
研究充実には寄付文化醸成も重要 ベーシックな知見探求をも目指す企業と大学の連携を
大隅 研究活動に限らないかもしれませんが、日本全体に何か閉塞感が出てきていることも事実ですね。この閉塞感のある状況は何とかして打破しないといけないと思います。自由で活気ある研究活動に少しでも資するためには、寄付活動がもっと活発になるといいと私は考えています。研究に有効に使ってもらえるなら寄付してもいいという機運が日本の富裕層の間にも醸成されてきました。そういう理解のある方々と研究現場をつなぐ場を広げていく必要があります。文部科学省の補完機能ということではありません。国が出てくるとどうしてもアウトプット重視になってしまいますから。
岡田 研究費を圧縮する理由に、国の財政の厳しさがよく言われますが、日本は世界一の対外純資産保有国です。その資産のごく一部でも日本の知力向上のために向けることはできないものでしょうか。
大隅 人口減少社会に突入した日本へ投資することに二の足を踏んでいる企業が多いのも事実でしょうが、企業も利益余剰金を多く抱えています。巨額を注ぎ込んだ海外企業の買収を耳にするたびに、その1%でも学術分野に投じてほしいと私も感じます。
永山 企業と大学の連携も進んではきましたが、依然として課題は多くあります。
大隅 海外で目にしたのは、ある大手企業が資金を拠出して研究開発のビルを建て、研究者を何百人も集めて自由に研究してもらう。企業側も可能であれば自由に製品化できるので、そこで利益を確保できるという仕組みでした。
日本でも大学と企業が連携する事例は増えてきつつも、2年、3年ぐらいの短期プロジェクトであることが多く、しかも大学側の権利をいかに担保していくかにエネルギーが費やされ、肝心の研究活動が花開かないことが多いのです。そうなれば企業も大学との連携に消極的になっていくことは自明でしょう。
大学と企業が共同研究する場合、出口として重要視するのは、製品という「物」ではなく、研究活動そのものから得られるベーシックな知見であるべきです。
永山 まったくそのとおりだと思います。今のような、大学ごと、企業ごとの研究体制ではなく、個別の企業や大学を超えた枠組みが求められています。そうすると当然、研究者個人の資質や意欲なども以前より要求されてきますね。
大隅 国のプロジェクトを立ち上げても、企業は何千万円かをお付き合いで出しただけで、大事な極秘情報は出さないことも多いですね。最近は企業側も利益重視の考え方が強まってきて、研究開発投資をするにしても、短期の結果を求める傾向が強まってきています。
こうした課題を解決するために、私は、財団というかたちで、大学と企業との理想的な研究連携を促していくスキームをぜひつくりたい。
永山 大学の企業化とよく批判されますが、もう一度アカデミア化を目指すということですね。
大隅 そうしないと、大学の先生の講義がどんどんつまらなくなってしまいます。長期的財団支援と短期的研究投資サポートの2本建てがいいと考えています。企業と大学が理想的な連携をすれば、長い目で見て双方に利益があり、ひいては日本の研究水準向上にも寄与するはずです。
2/3ページ
関連ページ