対談 中村真 中央大学教授 (修了生)(2/3ページ)

異分野をつなぐひも? 分野を超えて絡み合う「超弦理論」

岡田 ちなみに素人ですが超弦理論というのは簡単に言うとどんなことですか。

中村 素粒子理論とは、この世の中、この宇宙、あるいはこの物質がどんなものからできているかをとても細かい単位まで区切って調べていく学問です。その中で、超弦理論というのは、点状の粒子だと思われていた物質の基本単位が実は「ひも」だったと考える立場です。

粒子には色々な種類があります。最近発見されて話題になったヒッグス粒子もありますし、小林・益川理論で扱ったのはクォークという別の粒子ですね。色々なことを説明するために色々な種類の粒子があり、粒子の種類ごとに理論、より正確には「場」と呼ばれる理論物理学上の関数を用意することになる訳です。もちろん統一的に扱う場合もありますが、この「場」はこのクォークを表す「場」にしようという具合に、粒子の種類ごとに別のものを用意する必要があります。

ところが、粒子ではなくひもで表現しようとすると状況が変わります。1本のひもでもひもは振動し、振動のしかたによって振る舞いが変わったりする訳です。同じひもでも振動のしかたを変えることによって異なる種類の粒子であるかのように振る舞うことができます。波構造を入れた訳ですね。長さという、ひも特有の内部自由度を入れたことによって異なる粒子の性質をただ1本のひもに組み込むことができて、様々な粒子を統一的に考えられるようになってきました。そうすると、今まで縁がなかった違う理論をつなげて考えられるようになったのです。ある理論の計算のアイデアを別の理論に持ってきてしまおうという自由が利くようになるのです。

岡田 もう一つのゲージ重力対応原理というのは、それとどう関係あるのですか。

中村 例えばお茶の中のミルクは液体力学に従います。また流体中の微粒子はブラウン運動などの細かい複雑な動きをします。このような現象を扱う物理学を非平衡物理学と言います。また宇宙の銀河の中心にはブラックホールという巨大な質量の天体があるとも言われていますが、このブラックホールという天体は重力が強いため、光も逃げられません。お茶の話とブラックホールの物理学は全く違う物理理論ですが、この二つが数学的に同じだという考え方です。ひも理論が両者をつないでくれるのです。超弦理論を考えると二つの話をつなげることができるようになる、それがゲージ重力対応です。

永山 発見はどなたがされたのでしょうか。

中村 マルダセナというアルゼンチン出身の物理学者です。アメリカのプリンストン大学で博士号を取り、今もプリンストン大学にいると思います。歳は多分私と同じぐらいだと思います。1997年の暮れでしょうか。

永山 現在行われている研究はどのようなものになりますか。

中村 今具体的に行っている研究は電気伝導の研究です。物質に電場を加えてどう電流が流れるかは多体系の問題であり非平衡の問題となります。熱も発生しますから平衡ではない。そうした時に強い電場をかけると電気伝導はオームの法則からずれて非線形にいろいろと複雑な振る舞いをする訳です。例えば、普通は電場を強くすると流れる電流も増えていくはずですが、電気伝導の中には、電場を強くすると途中から却って電流が減るような非線形な振る舞いを示す現象もあります。ゲージ重力対応を使ってあるモデルで電気伝導を調べていくと、超弦理論や一般相対性理論を使ってこのような振る舞いを再現することもできるのです。
逆に、今まで実験とか普通の物性の理論で知られていなかったような新しい現象も、ブラックホールの物理の言葉で色々解析していくと見つかったりします。もちろんその現象が実際の物質で実現されているかどうかは実験で確認する必要がありますけれども、理論上の可能性としては新たな可能性の発見ということになります。

科学における日本語と日本人 職人気質な日本の美意識と常識にとらわれない欧米の発想力

岡田 そういうことを考える時でも全て日本語でできますよね。アジアでは自国の言語で全てのサイエンスについて考えたり、述べたりできる国はあまりないです。日本は本当に充実しています。

中村 海外には合計で5年ほどおりましたけれども、確かにそのように感じました。例えば韓国滞在中に、韓国では学部ぐらいのレベルから英語の教科書を用いる場合が多いと聞きました。韓国の研究者からは、日本の場合、母国語の専門書が充実しておりとてもうらやましいと言われました。西欧の非英語圏でも似たような状況があります。母国語で専門を議論できるという意味では、日本は特別だと思います。

岡田 西洋的な理論説明と相補的というか、日本はそういう点で違う角度からサイエンスに貢献できるのではないかと、少し思い始めています。

中村 日本の特徴としては匠の世界で皆さんそれぞれに職人肌みたいなのがあって、例えば計算一つでも絶対に正しい結果を出す。この分野のこの計算に関しては自分が世界で第一人者であるという職人気質みたいなところがありますね。そこに何か美を求めている。一方で欧米の方々は教育がそうなのか、発想が常識にとらわれないところがあります。日本だとどうしてもある意味、常識的な道を選択しがちな面も一方ではあります。

岡田 それは先生が前に講演の時におっしゃっていたことで、常識的なシナリオにこだわらない、石橋を叩かないでやりなさいと言われていましたね。 ( 中村先生の総研大科学者賞受賞講演についてはこちら )

中村 どうせ常識で考えてもその通りにはいかないですから。特に人生は。

岡田 永山 (笑)

永山 よくそこにたどり着きましたね。逆に言うと、ブラックホールや超弦理論の物理と電気伝導のような日常世界での物理につながりがあると思ったこと自体が僕は驚異的だと思います。

中村 やはり放浪の成果でしょう。私が韓国から日本に戻ってきて1年間は京都大学の素粒子論研究室にいましたが、その後原子核理論関係の研究室で合計4年間雇用されています。他の分野の方から見ると素粒子も原子核も宇宙もあまり変わらないように見えるかもしれませんが、細かい分野で言うと一応異分野です。このように、さまざまな分野に身をおいたのが大変良かったと感じています。
実は、最初は原子核物理に超弦理論を応用することを試みました。しかしこの分野は歴史が長く、理論の精密さが要求されるステージに入っています。すると、超弦理論を用いて近いところまでたどり着いても、「面白い」とは思ってもらえますが、なかなか「使える」にまでは到達できない。そんな時に、非平衡の物理ならばどうかと思いました。
非平衡物理学の基礎となる統計物理学の考え方では、細かい話は気にしません。水と油は細かく言うと違うかもしれませんが、流体力学を考える場合はとにかく流体でありさえすれば良い。細かい粒子がどんな性質を持っているかはあまり気にしなくて集団としてどう動くかが問題になります。お金の動きに例えて言えば、個人の家計簿ではなく、日本経済を扱うようなものです。一人一人の行動を細かく記述するものではなく、国家単位の平均化した集団の振る舞いを扱うのが経済です。すると、日本でもドイツでも、同じ振る舞いとして記述される可能性がある訳です。同じように、統計物理学では、細かい違いを超えて共通の物理の議論ができる可能性があり、かつ非平衡の場合はほとんど分かっていない。そこに私の手法の活路があるように思いました。
結局、私自身は大学院時代にそのままストレートに行かなかった分いろいろ放浪しましたから、いろいろと異なる世界を見聞きした経験がうまくまとまって、この研究にたどり着いた面があります。

岡田 ストレートな道を行かず、一定の障壁を飛び越えて移ってこられる人こそが、一番エネルギーを持っているのかもしれません。

中村 私の場合、博士3年まで行ったあとでの転身でしたから、普通に受け入れてくれる大学というのは、当時は少し想像できませんでした。ところが、総研大というのは大学院大学で、学部とつながっていないのが良かったのか、他の大学、あるいは他の業種を経験されたような方が入って来やすいのです。

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