2024.03.01
【プレスリリース】ニホンオオカミの高深度ゲノム: ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ
五條堀 淳 1 、 荒川 那海 1 、 Xiayire Xiaokaiti 1 、 松本 悠貴 2 、 松村 秀一 3 、 本郷 一美 1 、 石黒 直隆 1 、 寺井 洋平 1
1 総合研究大学院大学、
2 アニコム先進医療研究所株式会社、
3 岐阜大学、
【研究概要】
イヌは最も古くに家畜化された生物であり、ハイイロオオカミ(以下オオカミ)を起源としています。これまでイヌに近縁なオオカミが報告されていなかったため、イヌは絶滅したオオカミのグループを起源とするのではないかと推定されていました。そのため、イヌの起源についてはいまだに謎とされていました。本研究ではニホンオオカミ9個体と日本犬11個体の高深度ゲノム(1)を決定して以下の主要な点を明らかにしました。
- ニホンオオカミは単一起源の遺伝的に他のオオカミとは異なる独自のグループであること。
- ニホンオオカミはイヌのグループに最も遺伝的に近縁なオオカミであること。このことからイヌのグループは東アジア起源だと推定されました。
- ユーラシア大陸の東側のイヌのゲノムにはニホンオオカミの祖先のゲノムが含まれていること。日本犬のゲノムにもニホンオオカミの祖先のゲノムが2-4%含まれています。
【研究の背景と基本的な情報】
- イヌとオオカミの関係
イヌはオオカミ(ニホンオオカミを含む)と同じ種であり、ハイイロオオカミ (Canis lupus)として分類されています。ハイイロオオカミは広域に分布する種であり、北米大陸から北極圏、ユーラシア大陸まで分布しています。一方、ニホンオオカミはハイイロオオカミの亜種として分類されています。 近年の全ゲノム情報に基づいた解析により、イヌは遺伝的に近い1つのグループを作り、それがユーラシア大陸に生息するハイイロオオカミに近縁だと示されています。本研究では日本犬のうち柴犬、紀州犬、秋田犬の3品種の全ゲノムを決定しています。 - ニホンオオカミ
本州、四国、九州には、かつてニホンオオカミが生息していましたが、明治時代に絶滅しました。ニホンオオカミのタイプ標本はオランダ、ライデンの自然史博物館(現ナチュラリス生物多様性センター)に所蔵されています。これらの標本は江戸時代に長崎県の出島に滞在したシーボルト(Philipp Franz von Siebold)やその助手らによりオランダに送られたものです。シーボルトが送った標本は3個体分あり、これらはイヌ、オオカミ、およびヤマイヌと呼ばれていた動物でした。本研究ではこのうち、オオカミ(Leiden b)とヤマイヌ(Leiden c: 写真参照)の全ゲノム配列を決定しています。これまでニホンオオカミのゲノムが解析され、その起源についていくつかの仮説が提唱されていました。しかし、それらの仮説は少ないゲノム情報による解析であったため、ニホンオオカミの本当の起源を知るためには解析の信頼性と精度が高い高深度のゲノム情報が必要とされていました。 - 高深度ゲノム
ゲノムとは1個体の全ての遺伝情報を表す単語です。ゲノムの配列を決定する(読む)場合、ゲノムの1箇所を何度読むかが信頼性につながります。例えば1箇所を1回読むだけだと読み間違える可能性がありますが、20回読めば間違いの可能性はほとんどなくなります。ゲノム全体を平均で何回読んだかを深度で表します。全体を1回読んでいれば深度は1x、20回読んでいれば20xとなります。本研究では9個体のニホンオオカミのゲノム配列を決定していますが、深度が最大の個体は100xになり信頼性の高い解析の基盤となっています。
【研究の成果】
- ニホンオオカミは単一起源の独自のグループ
本研究で決定したニホンオオカミと日本犬のゲノム情報に加え、データベースから北米や北極圏のオオカミ、ユーラシア大陸のオオカミ、更新世に生息していた古代オオカミ、古代犬、現生のイヌなど100個体分を合わせて解析しました。その結果、ニホンオオカミは他のオオカミとは異なる独自のグループであり、更新世のオオカミも含めた他のオオカミとの交雑の歴史はありませんでした。また、ライデンの自然史博物館所蔵のオオカミ(Leiden b)はニホンオオカミであり、ヤマイヌ(Leiden c)はニホンオオカミとイヌの交雑個体であることが明らかになりました。つまり、少なくとも江戸時代には日本列島にニホンオオカミとイヌの交雑個体がいたことになります。しかし、日本列島では交雑個体を介してニホンオオカミとイヌのゲノムが混ざることはありませんでした。 - ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ
全ゲノム情報を用いて系統関係 (2)を解析したところ、ニホンオオカミは他のオオカミから遺伝的に離れている、イヌのグループに最も近縁なオオカミでした。つまり、イヌの祖先はニホンオオカミとの共通の祖先から分岐したグループだと明らかになりました(図1)。またこのイヌの祖先の分岐は東アジアで起きた可能性が最も高いことが系統樹 (3)から推定できます。系統樹を見ると、ユーラシア大陸では西側のヨーロッパや中東のオオカミが最初に分岐し、次いで東アジアのオオカミ、最後に最も東に位置するニホンオオカミが分岐しています(図1)。イヌは東アジアのオオカミとニホンオオカミの間で分岐しているので、東アジアで分岐したと推定できます。つまり、イヌの起源は東アジアである可能性が最も高いです。 しかし、本研究ではゲノム情報からイヌがイヌとニホンオオカミの祖先から分かれてきたことを解析しており、イヌの家畜化を示してはいません。イヌの家畜化の起源を明らかにするためにはさらにヒトとイヌの関係を示す証拠が必要となります。 - ユーラシア大陸の東側のイヌのゲノムにはニホンオオカミのゲノムが含まれる
ニホンオオカミとの共通祖先から分岐したのち、イヌのグループはユーラシア大陸の西と東のグループに分かれました(図2)。西のグループには洋犬やアフリカのイヌが、東のグループには日本犬をはじめとするユーラシア大陸の東側を原産とするイヌが含まれます。ニホンオオカミの祖先のゲノムは、この東のグループのイヌのゲノムにだけ含まれていました。イヌの品種によって含まれているニホンオオカミゲノムの割合が異なり、最も多かったイヌは、ニューギニアの高地の野犬(New Guinea singing dog)とオーストラリアのディンゴであり、それらに次いで多かったのが日本犬でした(図3)。このようにニホンオオカミの祖先のゲノムがイヌのゲノムに含まれる理由は次のように推定されます。ニホンオオカミの祖先が大陸に生息していた時にユーラシア大陸の東のイヌのグループと交雑し、そのときにニホンオオカミの祖先のゲノムがイヌのゲノムに移りました(図2)。その後、大陸で陸続きの東西のイヌのグループが混ざり、ニホンオオカミの祖先のゲノムが薄まったためにイヌの品種間で割合の違いが生じました。
ここまで説明しましたようにニホンオオカミは独自のグループであり、イヌに最も近縁で、またイヌのグループが分岐した初期にニホンオオカミのゲノムがイヌに伝わりました。つまり、ニホンオオカミはイヌの誕生の初期に関わり、絶滅はしていますが現在でもイヌの起源を探るための重要なオオカミであることが明らかになりました。
【今後の展開】
本研究ではイヌのグループの祖先側、つまりオオカミからイヌの起源に迫りました。日本列島は大陸の周辺部に位置し生物の古い系統が残っている地域です。そのため、日本列島出土の古いオオカミやイヌの骨や歯由来のDNAを調べることにより、さらにイヌの起源に迫ることができることを期待しています。さらに、ニホンオオカミの進化と変遷、日本列島のイヌの起源と変遷、日本犬の成立なども明らかにする予定です。
【用語解説】
(1) ゲノム: 1個体が持つすべての遺伝情報
(2) 系統関係: 進化的な関係
(3) 系統樹: 進化の道筋を表す樹型
【著者情報】
- 五條堀 淳(総合研究大学院大学 講師)
- 荒川 那海(総合研究大学院大学 特別研究員)
- Xiayire Xiaokaiti(総合研究大学院大学 特別研究員 /現 中国社会科学院 助理研究員)
- 松本 悠貴(アニコム先進医療研究所株式会社)
- 松村 秀一(岐阜大学 教授)
- 本郷 一美(総合研究大学院大学 准教授)
- 石黒 直隆(総合研究大学院大学 客員研究員 / 岐阜大学 名誉教授)
- 寺井 洋平(総合研究大学院大学 准教授)
【論文情報】
- 論文タイトル: Japanese wolves are most closely related to dogs and share DNA with East Eurasian dogs
- 掲載誌: Nature Communications
- DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-46124-y
【連絡先】
- 研究内容に関すること
寺井 洋平(総合研究大学院大学・統合進化科学研究センター 准教授)
電子メール:[email protected]
要望が多い場合、説明会を総合研究大学院大学で行いますのでご連絡をお願いします。 - 報道担当
総合研究大学院大学総合企画課 広報社会連携係
電子メール:[email protected]
岐阜大学
総務部広報課広報グループ
電子メール:[email protected]