2024.01.25

【プレスリリース】ウンチの化石から明らかになった縄文人の腸内環境 ~古代人糞石のメタゲノム解析~

概要

 数千年前に日本列島に住んでいた縄文人(1)の腸内環境がどのような特徴を持っていたのかはわかっていませんでした。

 本研究では、縄文時代のウンチの化石(糞石(2))4検体から取得した古代DNA(3)を用い、日本で初めてメタゲノム解析(4)を実施しました。メタゲノム解析で得られた大規模なDNAデータの分析により、腸内に存在したと推定される細菌やウイルスに由来するゲノム配列が見出されました。この解析結果は縄文人の腸内環境の特徴を反映するものと考えられます。

 今後、縄文人の他の糞石検体について同様の解析を行い、細菌やウイルスを特定することで、縄文時代から現代にかけての腸内細菌やウイルスの進化、および縄文人腸内環境の詳細な特徴を明らかにする予定です。

 本研究は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の西村瑠佳 (総合研究大学院大学遺伝学専攻大学院生) と井ノ上逸朗特任教授、東京大学大学院理学系研究科の太田博樹教授、福井県立若狭歴史博物館の鯵本眞友美文化財調査員らの共同研究グループによって実施されました。

 

 

図:縄文人糞石から検出されたウイルスゲノム配列の分類 円グラフで真核生物、アーキア(古細菌)、細菌に感染するウイルス(ファージ)の存在比を表している。大半が細菌に感染するウイルス(ファージ)であることが見て取れる。

成果掲載誌

 

本研究成果は、国際科学雑誌「PLOS ONE」に2024年1月25日(日本時間)に掲載されました。

  • 論文タイトル: Metagenomic analyses of 7000 to 5500 years old coprolites excavated from the Torihama shell-mound site in the Japanese archipelago
    (日本列島の鳥浜貝塚から発掘された7000〜5500年前の糞石のメタゲノム解析)
  • 著者: Luca Nishimura, Akio Tanino, Mayumi Ajimoto, Takafumi Katsumura, Motoyuki Ogawa, Kae Koganebuchi, Daisuke Waku, Masahiko Kumagai, Ryota Sugimoto, Hirofumi Nakaoka, Hiroki Oota, Ituro Inoue (西村瑠佳、谷野彰勇、鯵本眞友美、勝村啓史、小川元之、小金渕佳江、和久大介、熊谷真彦、杉本⻯太、中岡博史、太田博樹、井ノ上逸朗)
  • 論文URL: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0295924

研究の詳細

研究の背景

 過去に生存した生物の遺物である骨や糞石には古代DNAが残存しています。糞石中の古代DNAを解析することによって、古代生物のゲノム配列や古代生物の腸内に存在した細菌やウイルスに由来するゲノム配列を調べられることがわかってきました。つまり、糞石中の古代DNAから細菌やウイルスを特定することで古代生物の腸内環境を調べることができるのです。しかしながら、縄文人については、これまでに歯や骨から古代DNAを取得し、縄文人のゲノム配列や口腔内ウイルスのゲノム配列を調べる研究はなされてきた一方で、縄文人の糞石から得られる古代DNAのゲノム配列の報告は皆無でした。この理由は、糞石中の古代DNAは断片化し、量も激減しているため、塩基配列を決定(シークエンス)すること自体が、困難であったからです。

本研究の成果

 本研究チームでは、糞石が大量に出土していることで有名な福井県の鳥浜貝塚からの10検体の糞石(5500〜7000年前、縄文前期)を分析することにより、比較的多くのDNAを得ることができる糞石試料を選出することに成功しました。10検体のうち4検体についてメタゲノム解析を実施して縄文人の腸内環境に関する考察を行いました。

 選出した糞石4検体を用い、糞石からDNAを抽出し、次世代シークエンサー(5)を用いて、ショットガン法(6)で塩基配列を決定しました。取得した配列データを用いて既知の細菌やウイルスの配列との比較を行ったところ、現代人の腸内に存在する細菌やウイルスと類似の配列が多数検出されました。現代人とイヌなど他の動物では細菌やウイルスの種類が異なることから、この結果は、鳥浜貝塚から出土した糞石は、イヌなど他の動物の糞便ではなくヒトの糞便に由来するものであることの強い証拠となります。検出されたウイルス配列の分類群を見てみると、ヒトを宿主とするウイルスよりも細菌を宿主とするウイルス(ファージ(7))の方が多く存在することが明らかとなりました(図)。この結果は、ヒトの腸壁から乖離し糞便に混ざった細胞からのウイルスDNAが検出されたのではなく、糞便そのものに含まれていた腸内由来の大量の細菌から得られたウイルス(ファージ)DNAであることを示しています。

今後の期待

 縄文人は約1万6千年前から約3千年前まで日本列島に住んでいた人々です。縄文人は、農耕民を主な起源とする現代の日本人を含む東アジア人集団とは異なるゲノムを持っていました。そうした特性をもつ縄文人の腸内環境を、現代の日本列島に住む人々の腸内環境と比較することにより、現代の私達の腸内環境にとって重要な要素は何かを突き止めるヒントを与えてくれるかもしれません。

 今後は本研究手法を他の遺跡から出土した糞石にも応用することで、解読された細菌やウイルスのゲノム配列から縄文人の健康状態を推定するだけでなく、糞石由来の摂食物DNAを分析し、縄文人の腸内環境について、より詳細な分析を進めるとともに、腸内細菌やウイルスの長期的な進化を明らかにしたいと考えています。

用語解説

(1) 縄文人
約1万6千年前から約3千年前に日本列島で生活していたとされる狩猟採集民。世界の先史学の文脈からは新石器時代に分類されることが多い。縄文土器に代表される縄文文化が1万数千年以上継承されてきた。この担い手を「縄文人」と総称している。

(2) 糞石
ヒトをはじめとする動物の糞便の遺物。「糞便の化石」という意味で「糞石」と日本語で呼ばれているが、有機物が無機物に置き換わったような、恐竜の化石などからイメージされる「化石」ではなく、多くの有機物を含む考古遺物として、従来は顕微鏡観察などによる分析の対象であった。

(3) 古代DNA
過去の生きていた生物の遺物(骨や歯、剥製、ミイラ、糞石など)に含まれるDNA。化学修飾をうけ極端に断片化し、量も著しく減少している。

(4) メタゲノム解析
検体中に含まれる核酸(DNAやRNA)をシークエンサーによって網羅的に配列決定し、解析する手法。

(5) 次世代シークエンサー
21世紀に入り開発された、それ以前に一般的であったサンガー法シークエンスとはことなる原理を用いて大量のDNAの断片を高速に配列決定できる自動シークエンス装置(シークエンサ)の総称であり、これを用いることによって大量のゲノム配列を決定できる。

(6) ショットガン法
次世代シークエンサーを用いたDNAの塩基配列決定手法の中でも事前にターゲットの配列を決めず、検体中に含まれるDNAを網羅的に配列決定する手法。

(7) ファージ
ウイルスの中でも細菌を宿主とするウイルスのこと。

研究体制と支援

 本研究は、JSPS科学研究費22KJ1416特別研究員奨励費、22F22075特別研究員奨励費、21H05362学術変革領域、21K19289挑戦的研究(萌芽)、20H01370基盤研究(B)、20K21405挑戦的研究(萌芽)、17H03738基盤研究(B)、AMEDの課題番号JP23ek0109650h0001、ROIS未来投資型プロジェクトによって支援されました。

問い合わせ先

    研究に関すること

  • 国立遺伝学研究所 人類遺伝研究室 特任教授 井ノ上 逸朗 (いのうえ いつろう)
    電子メール:[email protected]
  • 東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 ゲノム人類学研究室 教授 太田 博樹 (おおた ひろき)
    電子メール:[email protected]
  • 報道担当

  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    電子メール:[email protected]

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