2023.10.30
【プレスリリース】適応進化の時計は辺境ほどゆっくり進む: 適応前線方程式が解明する「生物の流れ」と「生きた化石」出現の仕組み
伊藤 洋、 1 佐々木 顕 11 総合研究大学院大学
【研究概要】
生命の進化史は、様々な生物群の栄枯盛衰の繰り返しと見ることができます。実際、様々な分類群において、進化的な革新を達成した新しいグループが繰り返し出現しては、適応放散しながら様々な生態的環境や地域へ侵入し、古いグループに取って代わる例が観測されます(図1)。
新しいグループの出現は、生物に適した環境(低地や浅海など)や地域(熱帯など)で起こることが多いため、好適な環境や地域から不適な環境や地域へ向かう生物の流れが生じているという仮説がダーウィンをはじめとする先人達により提唱されてきました。私達は、そのような生物の流れを記述するための新しい方程式を構築し、この方程式から得られる予測を進化シミュレーション解析によって確かめました(図2)。その結果、各々の環境や地域における生物の流れの方向や速さ、および正味の湧き出し(種分化率から絶滅率を引いたもの)を支配する要因が解明されました。
さらに、その流れの必然的な副産物として、適応進化がほぼ停止したまま長期間存続する「生きた化石」が、好適でない辺境的な環境や地域に出現することが明らかになりました。
【研究の背景】
生命の進化史は栄枯盛衰の入れ子構造を成しており、新しく生じたグループが放散し古いグループに取って代わることが、様々な規模で繰り返されてきました。その例として、真獣類の出現と放散による有袋類の衰退や、被子植物の出現と放散に伴う裸子植物の衰退が挙げられます。真獣類が持つ胎盤や被子植物が持つ胚珠は進化的な革新であり、「鍵革新(key innovation)」とも呼ばれます。これらの進化的革新は広範囲の生態的環境(餌の大きさや種類、活動可能な温度や時間帯など)において彼らを先住のグループよりも有利にしたため、大規模な入れ替わりを生じさせたと考えられています。
進化的革新を達成した新しいグループの出現は、生物に適した環境(低地や浅海など)や地域(熱帯など)において多く起きてきました。チャールズ・ダーウィンやフィリップ・ダーリントンなどの自然史学者は、「好適な環境における新しいグループの出現・放散と不適な厳しい環境への侵入が繰り返されることで、好適な環境から厳しい環境へと向かう生物の流れが、地質学的時空間スケールにおいて生じている」と考えました。ここでは、進化的革新が駆動するこのような流れを、提唱者達に因んで「ダーウィン・ダーリントン流」と呼びます。
ダーウィン・ダーリントン流の存在下では、同一時代に存在する近縁の複数のグループの中で、比較的新しいグループは好適な環境に生息し、古いグループは厳しい環境に生息することが予想されます。確かに現代においても、近縁の複数のグループを比べると、古いグループは低緯度よりも高緯度、低地よりも高地、浅海よりも深海、地表よりも洞窟の奥深くに生息する傾向にあり、それらは残存種とも呼ばれます。さらに、海産の無脊椎動物の長期間の化石記録において、浅海から深海へと向かう生物の流れが確認されており、カンブリア紀に出現したグループがしばしば深海に生息する理由もこの流れによって説明できます(図1)。
また、深海には、数億年前の化石種と似た形態を持つ生物が多く生息し、それらは「生きた化石」とも呼ばれています。それらの生物は、ダーウィン・ダーリントン流の副産物として生じる残存種の極端な場合かもしれません。「生きた化石」はダーウィンが彼の著書「種の起源」で用いた言葉であり、古代の生物の在り様を知るために「生きた化石」が役立つだろう、と彼は予言しました。しかし、「生きた化石」がどのようなメカニズムによって出現し、なぜ長期間存続しており、どのように古代の生物の在り様を体現しているのかは、未だに謎に包まれています。
(図1)海の水深方向のダーウィン・ダーリントン流のイメージ図
【研究の内容】
私達は、ダーウィン・ダーリントン流の存在下で「生きた化石」がどのように出現し維持され得るのかを調べるために、ダーウィン・ダーリントン流を記述するための「適応前線方程式」を新たに構築しました。この方程式は、競争的関係にある単系統の種群の共進化動態を対象とし、その動態全体を1つの流体として記述します(より具体的には、種の詰め込み理論を用いて適応動態理論を流体力学的に表現したものが適応前線方程式です)。この方程式において、様々な生態的環境(ニッチ)が1次元の軸(温度や湿度、水深、標高など)に沿って連続的に並んだニッチ空間を想定し、中央の好適なニッチを利用する種は個体数が多く、そこから離れた周辺のニッチほど好適でない環境となり個体数が少なくなる、と仮定しました。この場合、周辺のニッチよりも中央のニッチを利用する種の方が高い頻度で突然変異個体を生産し、適応進化も速くなるため、進化的革新の速度も速くなります。その結果、革新速度が速い中央のニッチにおける放散と周辺のニッチへの侵入が繰り返され、侵入を受けて駆逐された先住の種は絶滅するか、さらに外側の辺境的なニッチを利用するように方向進化します。これらの放散、絶滅、方向進化が総体として、中央のニッチから周辺や辺境のニッチへ向かうダーウィン・ダーリントン流となります(図2)。
私達は、進化シミュレーションによってダーウィン・ダーリントン流を再現し(図2)、適応前線方程式を適用することで、各々のニッチにおける流れ(方向進化)の方向や速さ、正味の湧き出し(種分化率から絶滅率を引いたもの)、および近縁種との間の分岐時間を、ニッチ空間における革新速度の分布から予測できることを示しました。特に、最も辺境のニッチでは、いずれの種の適応進化も著しく遅くなるため、革新速度とダーウィン・ダーリントン流の両方が著しく遅くなります。そのため、最も辺境のニッチを利用する種は、進化的にほとんど革新せずに長期間存続する「生きた化石」となり、近縁種との分岐も著しく深くなることも示しました(図2)。
このような「生きた化石」はいずれ、中央のニッチを利用する新しいグループから派生してくる種によって駆逐される運命にあります。しかし、その新しい種の適応進化も辺境のニッチに近付くほど遅くなるため、「生きた化石」を駆逐するまでに著しく長い時間がかかります。そしてその頃には、かつては新しかったその種自体が「生きた化石」となり、同じ時代の最も革新的なグループと比べると際立って古めかしい在り様を呈することになります。
以上の解析は、移動が分断されない1つの地理的領域(大陸など)における進化動態に対応します。私達は複数の地理的領域を想定した解析も行い、「生きた化石」が辺境的な生態的環境だけでなく、辺境の地理的領域(南極大陸やオーストラリア大陸、ニュージーランドの島々などに対応)においても出現することを、適応前線方程式と進化シミュレーションによって示しました。
(図2) 進化シミュレーションにおけるダーウィン・ダーリントン流
【今後の展望】
生物間相互作用は、生物群集の進化的変遷に内在的かつ決定論的な性質を与えます。しかし、最も直接的な情報源である化石記録が見せるのは過去の生物達の形態のみであるため、それらの生物の進化的変遷に生物間相互作用が与えた影響の検証は容易ではありません。
私達が構築した適応前線方程式は、生物間相互作用に基づく仮説から化石記録で検証可能な予測を立てるための道具として役立ち、生命の進化史が内包する因果律の解明に貢献すると期待されます。
【著者】
- 伊藤 洋(総合研究大学院大学 統合進化学研究センター 特別研究員
- 佐々木 顕(総合研究大学院大学 統合進化学研究センター 教授