2023.09.28

2023年度秋季学位記授与式 学長式辞

2023年度秋季学位記授与式が総研大葉山キャンパスで行われました。 修了生のみなさんの今後の更なるご活躍を祈念いたします。

2023年度秋季学位記授与式 学長式辞

 本日,ここに学位を授与され,SOKENDAIを卒業される皆さん,誠におめでとうございます。皆さんがこれまで日々積み重ねて来られた努力に心からの称賛を送るとともに,その努力を支え指導してくださった教員の方々,陰になり日向になり支援してこられたご家族の方々に感謝申し上げます。

 この3年間は,新型コロナウイルス感染拡大によって,緊急事態宣言時には自宅待機を強いられ,その後も研究所・館への出入りが制限されたり,海外渡航や調査研究が思うように実施できないなど,皆さんは,これまでに経験したことのない大きな制約の下で,学位論文研究を遂行されました。大学としても,僅かながらでも経済支援策を講じたり,修業年限を延長するなどの対策を採ってきましたが,決して十分だったとは思いません。そのような状況を乗り越え,本日,学位授与に至った皆さんの努力に改めて敬意を表したいと思います。

 さて,まずは私の今の心境を率直にお話します。常日頃,大学を運営する立場で仕事をしていると,やれ学内で問題が起こったとか,電気代が高騰して大変だとか,国の規則が変わったので対応せよ等々,大学という職場に居ながら,学問・研究の面白さに触れることよりも,毎日のように起こる様々な問題への対応や処理に追われることの方が多く,自分は本当に「学問の府」で働いているのだろうかと思うことが屡々あります。ですが,学位授与式で,本学の教育課程を無事に修了し,学位を授与される皆さんの晴れ晴れとした様子を拝見すると,あぁ,自分はこの大学の運営に携わってきてよかった,日頃の仕事の苦労は,きっとこの光景を見るこの瞬間のためにあるのだと心底思うことができます。ですから,今日は私も心から嬉しいのです。(本当は,このように演壇に立って式辞を述べなくてもよければ,もっとこの場を楽しめるのですが…。) 私の心境をお話したので,次は皆さんが今どんな事を考え,どんな気持ちでここに座っておられるかを伺いたい処ですが,さすがに進行係はそのためのスロットを用意してくれないでしょうから,皆さんの今の気持ちを想像しながら話を続けることにします。

 皆さんは,数年前にSOKENDAIに入学した時の自分と今の自分を比較したときに,自分がどのように成長したと感じておられるでしょうか。これまでの学習や学位論文研究を通して,どのような力を身につけることができたとお考えでしょうか。皆さんには,入学した時にそれぞれ抱いていた夢や目標があったと思いますが,博士の学位を取得することがひとつの具体的な目標だったという点は,恐らく,皆さんに共通しているでしょう。そこで,今一度,博士の学位を取得したことの意味を考えてみたいと思います。

 皆さんは,この度の学位を取得するために,学位論文を作成されましたよね。学位論文は大学に学位を申請するためのものですが,学術的なアウトプットでもあるので,得てして,その内容の学術的な意義や学問的な重要性が着目されがちです。しかし,大学院課程として博士の学位を授与する要件は,“自立して研究活動を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識”を身につけていることです。学位論文は,皆さんがその要件を満たしていることを示すひとつの証左に過ぎません。より重要なのは,どんな学位論文を書いたかではなく,学位論文を書くためにどんなことをやってきたかなのです。ですので,私は,学位論文の内容そのものにも増して,その学位論文の裏に秘められた皆さんのexperienceに大変に関心があるのです。

 皆さんが学位論文を完成させるまでの過程は,一体,どのようなものだったでしょうか。まず,指導教育の下で大まかに研究テーマを定め,そのテーマに関する現状を分析し,何が解明すべき問題であるかを明らかにする。そして,その問題を解明するためにはどのように取組めばよいかを考え,その考えに沿って実際に研究を進める。研究を進めるなかで,必要な専門知識や方法論を身につけ,試行錯誤を重ね,日々前進と後退を繰り返しながら,ようやく論文が書けるような結果に辿り着くというプロセスだったと想像します。

 博士の学位を取得したことの意味は,そのようなプロセスを自分事として実践し成功させた経験をもっているということです。“成功させた”と言うと,自分はそんな大それた事をしたつもりはないと思われるかもしれません。しかし,得られた研究成果の大きさ拘わらず,ちゃんとプロセスを完了して学位を取得したのですから「成功」です。そして,自分が辿ってきたプロセスを振り返った時に,皆さんのひとりひとりが「これが成功の鍵になった!」「あの瞬間にピンと来た!」という自分なりのexperienceやエピソードを持っておられるとすれば,それは素晴らしいことです。そのような経験は,将来,皆さんが大きな課題と対峙し,解決の方向すら見えないような時にでも,何とか解決の糸口を見いだそうとする手探りの歩みを支える無意識の自信になるからです。

 さて,昨今,複雑な社会問題の解決や社会の変革に求められる力として,課題発見・解決力,論理的思考力と規範的判断力,データ分析力やコミュニケーション能力などのリテラシーがよく挙げられます。これらの力やリテラシーは,大学院課程で磨くべき研究力とも重なることから,世間では,高等教育機関は大学院教育を強化してもっと社会で活躍できる博士人材(=博士の学位取得者)を輩出すべきだ,そして日本の社会はもっと博士人材を活用すべきだという議論が盛んに行われています。OECDが中心となって提唱してきた移転可能スキル(transferable skills),特定のテーマや研究に関連する専門的なskillsを他分野の研究や社会の課題解決などの異なるcontextに応用し磨いていくためのskills,もその流れと言えるでしょう。現在の社会が期待する“学位を取得したことの意味”は,専門性の高い知識や方法論(skills and knowledge)を身につけていて,その専門領域で課題発見・解決のプロセスを実現できるということだけではなく,異なるcontextでも同様のプロセスを実現できるということなのでしょう。

 皆さんは,学位を取得されてSOKENDAIを離れた後は,それぞれが選んだ道を歩まれることになります。何処でどのような仕事をされるにせよ,皆さんがこれまで培ってこられた力や経験をこれからどう使うか,何に活かすかが問われることになります。無論,これまでに身につけた知識や方法論をこの先もそのまま一生使い続けるような人は殆どいないでしょう。今もっている知識や方法論は,新たな研究課題や社会的な課題に立ち向かっていくための基点であって,これまで皆さんが実践してこられたプロセスと同様,この先も課題解決に必要となる知識や方法論を新たに獲得していく,あるいは自らで知識を造り方法論を開発していくことになるでしょう。皆さんに期待されているのは,もう“自立して研究活動を行うに足る研究能力とその基礎となる豊かな学識”を身につけることではありません。皆さんは,謂わば大学院での“訓練”を終え,訓練で鍛えた実力を実際の場で発揮する時が来たのです。

 さて,先程の話で挙げた“求められる力”の中で,これから新たな環境で新たな事に挑戦される皆さんにとって特に大切なのは「課題発見力」ではないでしょうか。皆さんは,正にこれから何をやるかを決めなければならない時期に居られるのですから。私自身は,日本語の「課題発見」という言葉には少し違和感を持ちます。「発見」というのは,これまで誰も見つけていない物や事柄を見つけ出すことですよね。そうだとすると,課題発見というのは,まるで「課題」というものが元々存在していて,それが何処かに隠れているので見つけ出してください,と言っているように聞こえます。「課題発見力」いう単語で本当に表現したいのは,現状を分析して何が問題であり,何をすべきかを明らかにする力ということでしょう。英語ではability to identify challengesと言えるかもしれません。

 しかし,私が本当に必要だと思うのは,現状を分析して何が問題であり,何をすべきかを明らかにすることではなく,その問題を解決したり疑問を解明することが,もっと大きな概念を提示したり,従来の考え方を変えることに繋がるかを見極めることだと思うのです。そのような力は,課題発見力というよりも,「良い問を立てる力(ability to ask the right question)」と言った方が適切だと思います。そして,良い問を立てることができれば,その先は皆さんがこれまで鍛えてこられたプロセスを遂行する力をもって,必ずや大きな成果に繋がるものと確信しています。どうぞ,そのことを胸に,元気よくSOKENDAIから飛び立って頂きたいと思います。

 本日は本当におめでとうございます。皆さんのこれからのご活躍を期待しております。

2023年9月28日
総合研究大学院大学 学長
永田 敬

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