2022.08.24

【プレスリリース】オタマジャクシは「誰が仲間か」を学ぶ:学習による血縁者識別の可塑性を発見

オタマジャクシは「誰が仲間か」を学ぶ:学習による血縁者識別の可塑性を発見

長谷和子 1 , 沓掛展之 1
1 総合研究大学院大学

国立大学法人 総合研究大学院大学

【研究概要】

どのような相手と仲間になるのか。この問題は我々人間のみならず、多くの動物においても重要な問題です。様々なカエルの種において、幼生期であるオタマジャクシが血縁個体を認識し、群れる際に選好することが知られています。日本の山間部に分布するヤマアカガエルのオタマジャクシでは、相手の大きさと血縁関係の両方を認識することができます。私たちは今回、血縁者と非血縁者が共存する環境で育ったヤマアカガエルのオタマジャクシが、血縁者識別をするようになることを発見しました。またこの学習経験が、サイズの異なる非血縁個体への選好に対しても影響することも明らかにしました。このように、血縁認識が学習に基づいて柔軟に変化し、種内関係にも及ぶことの発見は、脊椎動物において初めての報告となります。

研究の背景

動物の社会では、血縁者との協力的な行動が進化しやすいことが知られています(血縁選択説)。血縁者を認識する種は微生物から昆虫類、魚類、哺乳類まで広く存在しています。脊椎動物の血縁認識は、遺伝的な基盤に加え学習も重要と考えられていますが、詳しい機構ついてはまだ殆ど分かっていません。私たちは、これまでの研究で、ヤマアカガエル( Rana ornativentris )のオタマジャクシが、相手のサイズと同時に血縁関係(血縁者か否か)を考慮できることと、発達に伴って社会的選好性(群れる相手の好み)が変化することを発見しました(Hase & Kutsukake 2019参考論文)。他の両生類と同様に、ヤマアカガエルのオタマジャクシも血縁者の匂いを頼りに血縁者を認識していると推測されますが、この認識が学習によって獲得されたものか、生得的に備わっているものかについては、分かっていませんでした。

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図1. ヤマアカガエル( Rana ornativentris )幼生期を終え上陸するところ

以前、私たちが行った実験では、兄弟姉妹(以下、兄弟と略記)と一緒に育てられたオタマジャクシを研究に用いていたため、この過程で兄弟の匂いを覚えたと考えられます。今回、私たちはこの「匂い」学習の条件を変化させることで、血縁認識の可塑性(環境条件により柔軟に変化すること)の有無を調べました。血縁認識が遺伝的に規定されている場合は、非兄弟と一緒に育てられても、兄弟を正しく認識できるはずです。他方、可塑性が大きく血縁認識が学習による場合、非兄弟と一緒に育てられると、非兄弟と兄弟を区別しなくなる(血縁者識別が失われる)と予測されます。

また、これまでの血縁認識の研究では、非血縁者と比較したとき血縁者を識別できるかについて調べたものしかありませんでしたが、今回、私たちは血縁者が存在しない条件で、サイズの違う非血縁者に対しての社会的選好性についても調べました。前回の行った実験により、ヤマアカガエルのオタマジャクシは、大きな非血縁者を避ける傾向がある事が分かっていました。成長過程で非血縁個体の「匂い」も学習した個体と学習していない個体では、サイズの異なる非血縁個体への選好に違いが生じるかどうかについて調べ、血縁認識の可塑性が血縁者以外の種内の社会性にも適応されるのかどうか、検証しました。

研究の内容

総研大(神奈川県葉山町)周辺に生息するヤマアカガエル(図1)の5つの卵塊を収集しました。これらの卵塊を用いて、1つの卵塊から孵化した幼生だけで構成された「兄弟だけの育ち」の水槽と、半数は別の卵塊由来の幼生の「非兄弟と混ざった育ち」の水槽を作り、さらにそれぞれの水槽の水温を調整し発達段階の異なる小さな幼生(発達初期の体長平均30.8±SD0.33mmの個体)と大きな幼生(発達後期の体長平均53.9±0.56mmの個体)のグループを用意しました(図2)。

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図2.飼育グループの概略図.「兄弟だけの育ち」コンテナでは同じ卵塊から孵化した個体を、小さい幼生グループで20-24個体を16℃で、大きい幼生グループで2-4個体を24℃で、それぞれ2週間飼育した。「非兄弟と混ざった育ち」では2つの卵塊から孵化した個体を同数ずつ1つのコンテナに入れて、同様の条件で飼育。全てのコンテナで、幼生は半数ずつ0.00025%エチレンブルーまたはニュートラルレッドで染色され、選択テスト時に個体識別に使用した。

この4グループの幼生個体を用いて、選好性を調べる選択テストを行いました。テストは、刺激個体にサイズ差がない組み合わせ2つ(小さな兄弟/非兄弟のどちらを好むか、大きな兄弟/非兄弟とどちらを好むか)と、刺激個体のサイズ差がある組み合わせ1つ(小さな非兄弟/大きな非兄弟のどちらを好むか)という計3パターンについて、大きな幼生と小さな幼生の両グループを試験個体として行いました。具体的には、図3に示すように水槽のポリエチレンネットで区切った両端の区画に刺激個体を配置し、中央に試験個体を入れて、どちら側に長く滞在するのかを、試験個体の動きを80分間撮影し、トラッキングソフトを使って解析しました。刺激個体の組み合わせで3パターンのテストを、大小それぞれの幼生グループで、「兄弟だけの育ち」から115個体、「非兄弟と混ざった育ち」から132個体から取得された位置データを用いて、どちらの刺激個体を選ぶ時間の方が長いのか(選好性)算出しました。

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図3.選択テストの概略図.ポリプロピレン製水槽(サイズ:260×90mm、深さ45mm、刺激域:45×90mm、深さ45mm)を実験場(アリーナ)とした。水槽には18℃に保たれた0.6Lの水道水を入れ、テストのたびに入れ替えた。破線は試験個体と刺激個体の境界で、ポリエチレンネットを用いたのは化学コミュニケーション(臭覚)と視覚を有効にするため。網掛け部分はアリーナの1/4で、有効な「刺激側」の面積を示し、「A側」と「B側」に試験個体が滞在した時間(秒)をカウントした。

実験の結果、両側の刺激個体のサイズに差がないときに統計的に有意な血縁者への選好性が検出されたのは、「非兄弟と混ざった育ち」の小さな幼生グループが試験個体で、刺激個体として小さな兄弟と非兄弟と比較したテストだけでした(図4)。小さな幼生グループでも、大きな兄弟/非兄弟に対しては、育ちに関わらず好みの傾向は見られませんでした。大きな幼生グループでは、小さな兄弟/非兄弟、大きな兄弟/非兄弟、どちらについても好みの傾向は観察されませんでした。これらの結果から、ヤマアカガエルのオタマジャクシでは、非兄弟と兄弟の両方の「匂い」を経験・学習したとき、かつ発達段階が初期の小さな個体にのみ、血縁者識別が見られることがわかりました。血縁者識別をする近縁種を対象に血縁認識能を調べたこれまでの研究では、全ての研究において、オタマジャクシが兄弟だけで育ったときに血縁者への選好性がみられました。しかし本研究では予測に反して、ヤマアカガエルでは、兄弟だけで育ったときではなく、非兄弟と混ざって育ったときのみ、血縁者への選好性が確認されました。このことは、学習過程において、非血縁者の存在が血縁認識を強めた可能性を示唆しています。このような例は珍しく、両生類では初めての発見です。

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図4.小さな兄弟と小さな非兄弟での選択テストの結果.横軸の滞在時間は、小さな兄弟側から小さな非兄弟側の時間を引いた平均の値。エラーバーは95%信頼区間で、横軸の0より左側(正の値)のとき選好性がある。上側の赤いグラフが「兄弟だけの育ち」の幼生の結果(21回試行)で、下側の薄黄色のグラフは「非兄弟と混ざった育ち」の幼生の結果(20回試行)でエラーバーが「小さな兄弟側」にあり0と重なっていないために、有意に選好性があるといえる。(** p<0.01、対応のあるt検定)

また、小さな非兄弟と大きな非兄弟のどちらを好むかについて調べた結果では、大小どちらの幼生グループについても、「兄弟だけの育ち」では小さな非兄弟を好む傾向が見られましたが、「非兄弟と混ざった育ち」ではこの傾向が見られませんでした(図5)。兄弟だけの匂い学習で血縁認識を獲得した幼生は、発達段階に関わらず「知らない匂い」の同種他個体(非血縁者)に対し、大きい個体を避ける傾向を持ちますが、これは種内競争を避ける大きな非血縁者への警戒からくるものと考えられます。他方、「知っている匂い」の同種他個体に対しては避ける行動を取らなくなり、警戒が弱まったといえるでしょう。

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図5.小さな非兄弟と大きな非兄弟での選択テストの結果.横軸の滞在時間は、小さな非兄弟側から大きな非兄弟側の時間を引いた平均の値。エラーバーは95%信頼区間で、横軸の0より左側(正の値)のとき選好性がある。(a)小さい幼生グループの結果。上の赤いグラフは試験個体が「兄弟だけの育ち」の幼生のとき(22回試行)で下の薄黄色グラフは試験個体が「非兄弟と混ざった育ち」の幼生とき(26回試行)。(b)大きい幼生グループの結果。(a)と同様に上が「兄弟だけの育ち」の幼生(15回施行)で下が「非兄弟と混ざった育ち」の幼生の結果(23回施行)。(* p<0.05、対応のあるt検定)

本研究により、ヤマアカガエルのオタマジャクシは、誰と一緒に育つかという「学習条件」によって、血縁者識別を変化させることがわかりました。兄弟と非兄弟と一緒に育った幼生において、非血縁者の存在が血縁者の識別をより促したようです。また、この可塑的な血縁認識の影響は、血縁者が不在の条件下でも観察されました。オタマジャクシは、「誰が仲間なのか」、生まれてはじめに群れた隣人たちから学ぶのかも知れません。オタマジャクシの社会性は、遺伝的に規定された基盤に加え、学習による可塑性を持ち、同種との付き合いにおいて柔軟性を持つことが分かりました。

今後の展望

今回私たちは、幼生期の学習が、血縁者識別だけでなく種内の社会行動にも影響することを発見しました。オタマジャクシの群れのような階層性のない社会でも、兄弟か否か、安全な相手かどうか、仲間を識別していることが分かりました。動物の血縁者識別が、どこまで遺伝的に規定されていて、どこまで可塑性があるのかを解明していくことは、協力行動の進化や、社会の多様性を解明することにつながると考えられます。

論文情報

Hase K, Kutsukake N. (in press) Plasticity for the kin and conspecific preferences in the frog tadpoles ( Rana ornativentris ). Animal Cognition

DOI: 10.1007/s10071-022-01661-1

参考論文
Hase K, Kutsukake N. (2019) Developmental effects on behavioural response for social preferences in frog tadpoles, Rana ornativentris . Animal Behaviour . DOI: 10.1016/j.anbehav.2019.06.001

著者

  • 長谷和子
    (総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 客員研究員)
  • 沓掛展之
    (総合研究大学院大学 先導科学研究科/統合進化科学研究センター 教授)

問い合わせ先

  • 研究内容に関すること
    長谷和子(総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 客員研究員)
    電子メール: [email protected]
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話: 046-858-1629
    電子メール: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp

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