2021.10.05
2021年度秋季入学式 学長式辞【2021年10月5日】
2021年度秋季入学式 学長式辞
みなさま、本日は、総合研究大学院大学にご入学おめでとうございます。COVID-19の感染拡大がおさまらない中ではありますが、いろいろな困難にもかかわらず、学位研究のスタートに立たれたこと、心よりお喜び申し上げます。
本学は、全国に散らばる17の研究所や博物館と、葉山にある本部とに設置された、全部で20の専攻から成り立っています。それぞれの専攻の入学定員は3から5名程度と少なく、現在の在学生の総数は500名ほどです。こんな小規模の大学院大学で、しかもみんなが各地に分散して研究を行うのですから、なかなか専攻を超えてみんなが集まる機会がありません。その中で、入学式とそれに続くフレッシュマン・コースは、新入生が葉山で一堂に会し、先輩の院生たちとも交流できる、大変に貴重な機会です。それが、COVID-19のためにできなくなり、こうしてオンラインで開催せざるを得なくなりましたことを、非常に残念に思います。それでも、このあと、フレッシュマン・コースなどをオンラインで開催いたしますから、みなさん、この機会を十分に活用してください。
みなさんは、どのような希望を持って、学位研究に進みたいと思われたのでしょうか? 大学の学部、または修士課程で、何か興味深いことに気づき、もっと探求したいと思われたのだと思います。疑問を持つこと、その解明にこだわることの源泉は好奇心であり、人間の本性の一部だと思います。しかし、それを「研究」という仕事の中に位置づけ、人間がこれまでに築いてきた巨大な知の体系の一部として付け加えられる質のものに仕上げるのは、簡単なことではありません。みなさんは、これからそんな大仕事に挑戦していくのです。
それは大変な仕事なのですが、研究はとても楽しいことです。どんなテーマであれ、研究題目として取り組むことが認められたものは、まだ世界の誰もが手をつけたことのない問題なのです。そんな未知の世界に踏み込み、新しい方法や考えを駆使して、自分の力で疑問を解明していくことは、本当にわくわくする楽しいことです。DNAの二重らせん構造の解明に寄与した一人である、ロザリンド・フランクリンは、ロンドンのキングズ・カレッジに研究者としての職を得ていました。日曜日でも研究室にやってきて研究に没頭し、「こんなに楽しいことをしていてお給料がもらえるなんて、悪いみたいね」と言ったとされています。その気持ちは私もわかりますが、研究とは、個人的な楽しみにその源泉を発してはいるものの、研究の成果は個人のものではなく、人類全体の知的発展に寄与するものです。お給料をもらえても、当然なのではないかと思います。
研究成果は人類全体の知的発展に寄与するものであることから、研究という仕事は公共のものであり、そこには一定のルールがあります。また、公正な研究を行うためのルールに従うのみならず、研究者としての倫理観を自分の中に確立しておかねばなりません。研究者がみなそのように振る舞うことによってのみ、研究成果は世界で信頼されているのです。それが具体的にどんなことなのかは、これからのフレッシュマン・コースの中で取り上げられるはずです。
博士論文のための研究を行うということは、確かに「教育」の一環であり、みなさんは「大学院生」という学生の立場ではあるのですが、人類の知的発展に寄与するという公的な仕事に取り掛かった若手研究者という立場でもあります。その資格が十分にあると認められるのが学位の授与ですから、本日は、研究者というキャリアの出発点に立ったということでしょう。そういうわけですから、学生という身分ではあれ、みなさんは今日から研究者として自律的に考え、研究者社会の一員だという自覚をもって行動してほしいと思います。それは、なんでも誰かに世話をされるばかりという立場ではないということです。自分たちも、研究という公共の仕事が、世界に信頼されるための一翼を担っているのであり、自分の研究の質は、その分野の研究の質を向上させるものなのだと意識してください。また、みなさんも、研究者の社会をより良いものにしていく力の一部をなしているのであり、専攻が置かれている研究所や博物館などの研究環境をより良くするために貢献してください。私たち執行部も、みなさんの意見をお聞きして、よりよい大学造りをしていきたいと思います。
さて、2023年の4月から、本学は1研究科1専攻20コースという作りに再編しようと考えています。現在は、文化科学研究科、物理科学研究科、高エネルギー加速器研究科、複合科学研究科、生命科学研究科、先導科学研究科の6つの研究科があり、その研究科の下に全部で20の専攻が置かれています。本年入学のみなさんも、この6つの研究科のどこかに所属しているはずです。これを、1つの研究科、1つの専攻にまとめ、現在「専攻」となっているくくりを、1研究科のもとでの「コース」とすることを検討しています。
人文系から理系まで、また、理系の中でも、数理系、物理系から生命系から工学系に近いものまで、さまざまですが、それらのコースの間の壁は、今よりもずっと低くなります。つまり、みな同じ一つの研究科なのですから、院生は、異なるコースの講義を自由に選択したり、異なるコースに属する先生たちの指導を受けたりすることが、これまでよりもずっと容易になります。
2023年からはそのように組織自体を変えますが、今でも、異なる専攻をまたいでいろいろな研究をすることは可能です。また、海外の大学や研究所との連携により、本学におさまらない新しいタイプの研究をすることも可能です。専攻の壁を超えて新たな研究を展開できるようにすることは以前から目指されており、いろいろな仕組みが作られています。どんな仕組みがあるのか、是非、調べてみてください。
人文系の学問のやり方と理系の学問のやり方がずいぶん異なるのは確かです。また、理系の学問の中でも、物理系と生命系は、いろいろなところで考え方も異なります。それは、それぞれの学問が解明しようとしている現象そのものの違いから来ている部分もあります。物理系が扱う現象の多くは、議論の骨子となる理論がはっきりしており、現象の解明にかかわるさまざまなパラメータがきちんと測定できる場合が多いでしょう。しかし、生命系が扱う現象は、より個別性が高く、全体像が複雑になります。人文系になると、単純な因果関係で説明できることなどほとんどなく、全体を貫く理論など、とても構築できません。そんな違いに基づいて、研究の手法も、発表の仕方も、何ができれば解明したと言えるのかという基準も、なかなか一つにはなりません。
しかしながら、世界の現象は、研究者の側が分けているようにきれいに分かれているわけではないのです。事実、これまでの学問の歴史を見ても、物理と化学があわさって物理化学になったり、生物学と化学があわさって分子生物学ができたりしてきました。
いろいろな現象が細かく探求されればされるほど、分野が細分化され、細分化された分野ごとに、研究の伝統が作られていきます。そして、少し違った分野の研究は理解しにくくなり、研究者どうしの交流も少なくなりがちです。しかし、そうなると必ずや行き詰まってしまいます。古い垣根を取り払って、これまでの思考の枠を忘れ、新しい考え方で新しいアプローチをしていかねばなりません。
それは難しいことではありますが、そんな新しい気づきは、歳をとっているよりは、若いときの方が得意です。みなさんは、そんな挑戦を試みてください。本学でのこれからの学位研究が、みなさんにとって楽しくて実り多いものとなることをお祈りいたします。
2021年10月5日
総合研究大学院大学 学長 長谷川眞理子