2018.02.05

【プレスリリース】『日本のたばこ政策と喫煙科学研究財団』

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【研究概要】

この研究では、日本たばこ産業株式会社(JT)が「喫煙科学研究財団」をなぜどのように設立したのか、またこの財団がどの程度日本のたばこ規制政策に影響を及ぼしたのかについて調べました。財団はJTが1986年に設立した機関で、現在に至るまで毎年、国内の研究者に研究費を助成しています。財団に対しJTは多額の出資をしていますが、財団はJTとは独立の機関であるとされています。今回、私たちは、主に「Truth Tobacco Industry Documents」アーカイブに保存されているたばこ業界の内部文書を分析しました。JTのたばこ規制対策は、特に1985年の民営化とともに強化されました。その対策手段の一つが、「第三者機関」としての財団の設立で、この設立準備のために、JTは海外のたばこメーカー幹部と協議を重ねています。財団は、科学界・医学界の権威を取り込むことに成功し、財団から助成を受けた研究者の一部は、国際学会に参加し、たばこ規制政策に関係する政府の諮問委員会に席を得て、また、たばこ関連訴訟で専門家として証言するなど、たばこの販売を継続するための環境づくりに貢献してきました。財団の設立経緯や機能は、たばこ業界から独立したものではないことが明らかです。また、財団設立は、たばこ規制に対抗する国際的な産業によるキャンペーン活動が日本に入ってきたタイミングであるとも言えるでしょう。本研究は、先導科学研究科の飯田香穂里准教授と米国スタンフォード大学のロバート・プロクター教授によって行われ、2月5日に、 Tobacco Control (オンライン版)に掲載されます。

【詳細研究内容】

研究の背景と手法

2016年に厚生労働省が、受動喫煙による日本の年間死亡数は15,000人であると推計しました [1] 。一方、2014年に、東京高等裁判所は、副流煙ががんその他の生命に関わる疾病を引き起こすことに関して学界のコンセンサスは存在しないとするJTの見解を支持しています。この判決は、たばこ業界から資金援助を受けた研究の結論を採用した結果です。本研究では、たばこ産業による研究助成に着目し、国内の研究助成機関について調べました。
アメリカのたばこ産業が設立した研究助成機関の一つにCouncil for Tobacco Research(たばこ研究評議会)という組織がありましたが、1998年の基本和解合意により解体されました。アメリカの裁判所は、膨大な証拠に基づき、この機関がたばこの害に関する知識を意図的にうやむやにする役割を果たしてきた、という判決を出しています [2]
一方、JTが1986年に設立した研究助成機関である喫煙科学研究財団は、現在も年間3億円を超える助成を行っています。これまで、この財団とJTの関係はしばしば批判の対象になってきました。出資者が利害関係にあるJTであることだけでなく、財団の研究者がたばこ訴訟における証人やたばこ事業等審議会のメンバーになっていることも問題視されています。しかし、財団の設立経緯等の詳細に関して、ほとんど知られていない状況にあります。
そこで、今回、主にカリフォルニア大学によって作成された「Truth Tobacco Industry Documents」アーカイブ( https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco )に保存されているたばこ業界の内部文書を分析しました。これらの文書は、オンライン上にあり誰でも閲覧可能です。特に1980年代の文書を集中的に調査・分析しました。

研究の結果

JTのたばこ規制対策は、特に1985年の民営化とともに強化されましたが、その対策手段の一つが、「第三者機関」としての財団の設立でした。1973年から公社の内部組織として外部研究委託を行う部署(「喫煙と健康に関する研究運営協議会」)がありましたが、民営化後、別組織として、大蔵省の許可のもと喫煙科学研究財団を設立しました。その意図は「独立性」を強調することにあったと当時の弁護士が見解を述べており、また、受動喫煙等に関する業界のメッセージを市民に受け入れてもらうには、独立の第三者を利用する必要があるとJT社員も産業の国際会合で発言しています [3, 4]
また、財団設立はJTだけの関心事ではありませんでした。JTの幹部は海外のたばこメーカーと財団設立について協議し、少なくとも、フィリップ モリス(PM)は財団へ出資し、その見返りにPMインターナショナルの社長が財団の評議員になることで合意しています(その後どうなったのかは不明です) [5] 。また、財団の役員等のリストについても、日本国内で公表されている肩書以外の詳細情報(特に産業とのつながりについて)が海外メーカーに伝えられるなど [6, 7] 、財団の設立は、たばこ規制に対抗するたばこ会社の国際的な連携活動の一部であったことが明らかです。
財団から助成を受けた研究者は、1987年の「第6回喫煙と健康世界会議」の組織委員会、厚生省が同年に発表した(通称)「たばこ白書」の審議会、また、1989年の答申を作成したたばこ事業等審議会などのメンバーになっています。例えば、白書に関しては、JTがその「委員を通じて審議会の決定に影響を及ぼすことができる」と内部文書に記されています [8] 。また、たばこ事業等審議会の「喫煙と健康問題総合検討部会」の委員の半数以上が財団関係者でした。このようにして作成された文書が後の日本のたばこ政策や訴訟に影響を与えたことは言うまでもありません。
財団は海外メーカーであるPMの戦略文書にも登場します。日本における喫煙の「社会的受容度」を維持するため、財団の研究者や日本たばこ協会を利用することが1989年のPM文書に記されています [9] 。日本たばこ協会はJTと海外メーカーの5社により1987年に設立されましたが、設立直後に、日本のたばこ規制政策を多方面から「遅らせる"delay"」ことを目標に掲げた機密対策文書を作成しています [10]
海外のたばこメーカーは、たばこの販売を継続するために、(産業により「3本柱」と称される)訴訟・立法・世論に影響を及ぼすべく様々な働きかけを行ってきました。すでに欧米に広まっていたこの産業の連携活動は、財団や日本たばこ協会の設立を機に、アジアに拡大したと言えるでしょう。

【引用文献】
[1] http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000130674.pdf
[2] https://www.justice.gov/sites/default/files/civil/legacy/2014/09/11/amended%20opinion_0.pdf
[3] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=rzdl0120
[4] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=mgpd0048
[5] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=ltcl0120
[6] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=tphy0132
[7] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=jtcl0120
[8] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=qsdl0120
[9] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=nxvm0113
[10] https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=pgxl0136

【論文全著者】
Kaori Iida (飯田 香穂里)
(総合研究大学院大学 先導科学研究科 生命共生体進化学専攻 准教授)
Robert N. Proctor(ロバート・プロクター)
(スタンフォード大学 歴史学部 教授)

【論文原題】
'The Industry Must Be Inconspicuous': Japan Tobacco's Corruption of Science and Health Policy via the Smoking Research Foundation
「たばこ業界は陰に隠れて」:日本たばこによる喫煙科学研究財団を介したたばこ政策と科学への干渉

【発表雑誌名】
Tobacco Control (オンライン掲載日:2018年2月5日)下記URLにて論文を掲載
http://tobaccocontrol.bmj.com/content/early/2018/02/03/tobaccocontrol-2017-053971

【備考】 論文はオープンアクセスです。また、英語論文の和訳版がSupplementary Textとして出版されます。

和訳版PDFは、上記リンク先の英文論文のMethods内にあるSupplementary materialの欄からダウンロードしてください。

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