2017.04.28
神奈川新聞掲載コラム 藤森俊彦
細胞分化に多様な道
生命科学研究科
基礎生物学専攻 教授(副専攻長)
藤森 俊彦(ふじもり としひこ)
総合研究大学院大学生命科学研究科基礎生物学専攻(愛知県岡崎市キャンパス)教授。京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻において発生生物学研究により博士(理学)。
我々の体では、それぞれ異なった機能を持つ多くの種類の細胞が決まった場所に配置されている。一つの細胞である受精卵から動物の体が作られる過程は個体発生と呼ばれる。細胞が分裂を繰り返し、どのようにして細胞間に性質の差が生まれるか、頭尾、背腹、左右などの体軸を有した動物の体の形がどのように作られるかを探る学問が、「発生生物学」である。
私はマウスを対象に哺乳類の発生の初期段階を研究している。哺乳類の”卵”と言われてもピンと来ないかも知れないが、マウスもヒトもクジラでさえも直径0.1mmほどの受精卵から一生が始まるのは共通である。こんな小さな一つの細胞から分裂をくりかえし、発生が進むと母親の子宮から栄養を供給されながら、体が作られる。
細胞の数が増えるに伴って、それぞれに異なった特定の機能をもつ細胞が生まれ、細胞間で性質の違いが現れる。これが、細胞分化である。細胞が分化する様子は、樹木の枝のように考えられてきた。つまり、太い幹に相当する一つの細胞が二つに枝分かれすることを繰り返して、ある枝分かれの際に性質の違いができて、その枝から先は同じような性質を持つ細胞になると考えられてきた。つまり、同じ形質を持つ分化細胞はその由来を共通にもつという考え方である。
ところが最近の研究で、細胞の運命が定まるまでの通り道は、必ずしも一本道ではないことが明らかになってきた。結果的に同じ性質の細胞でもその由来が異なる例がいくつか発見されている。つまり、近い場所に居て見た目も良く似ているにも関わらず、実は違う道筋を通ってきた場合がある。この様な同じ性質を持ちながら、由来が違う細胞が生まれることがどれくらい稀な事なのかはまだよく分かっていない。哺乳類の細胞分化の決め方は、他の脊椎動物と比べても自由度が高いのかも知れない。
このコラムは2016年6月~2017年5月まで24回にわたり神奈川新聞にした
連載「総研大発 最先端の現場」に一部加筆・修正(写真の差し替え)をしたものです。