第9回(2016年5月17日)

Yasu通信

image
新緑の季節に寄せて

Yasu通信 第9回(2016年5月17日)

総研大生の皆さん、新学年が始まりましたが、新たな気持ちで元気に勉学と研究に励んでいますでしょうか。新入生の皆さん、新しい環境に慣れましたでしょうか、「5月病」にかかっていないでしょうか、フレッシュマンコースはいかがでしたでしょうか、新しい友人は得られましたでしょうか。

5月の連休も明け、一息入れたあと再びアクセルを踏み始めていることと思います。私自身には、たまっていた書きものを片付けると共に、新緑の光を目に焼き付けて、困難に立ち向かうエネルギーを充たす時間となりました。それにしても、毎年思うのですが、日本のこの季節はとても美しく、いかに人々に希望と力を与えてくれることかと。

人々の一人一人の真摯な努力によって、まわりの人々にも、そして物々にも事々にもそれに応じて新たな動きをもたらして、こうして社会が動いています。一人一人の努力による、たとえ小さな創意や工夫や発見や発明でも、それらが発信されることによって、多くの他者の気持と行為を動かし、それに伴って物事も動き、それによって更に別の創意・工夫・発見・発明とそれによる情報流・物流がもたらされ、そしてそれがまた自らを再び刺激して更なる努力を惹起することになるのだと、この歳になるとつくづく想うのです。学術的営為もまたまさにそうであり、一人一人の深い学術研究が、その成果情報が発信された時には、他の研究者を刺激して、討論の輪も発生・拡大して、時には新たな研究者ネットワークや研究分野をも生み出して、それらの積分が新しい科学や文化や産業をも生み出していくことになるのです。

その意味で、わが国の首相がちょうど2年前のこの5月に「学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な職業教育を行う」(注1)ことを大学に求めた事に、二度にわたる衝撃を受けました。文字通り受け止めた時には、むしろわが国の、世界の、人類の未来のためには、深く学術研究を行える環境を用意することこそが、国の指導者に求められるべきなのに!と反発し、大学を職業訓練所にすることはこの国を滅ぼすことに等しいのに!と憂慮もしました。しかし、一定の時を経てこの言葉を自分達の問題として引き寄せて考えてみたときに、もしかして「彼」も含めて多くの人々にとって「学術研究を深める」の意味に、「学問のための学問をする」ことに沈潜し、その成果を(特に国を越えて)論文・著書として周辺分野に発表したり、他の手段で(とくに分野やアカデミアの枠を越えて)情報発信する努力をおろそかにしたり、周辺分野からの情報発信に討論で応ずることを怠ったりしている態様の意が込められていたとすれば、それは世のため、社会のためにはならないことを大学で教える必要があると受けとめるべきかもしれないとも思ったのです。学術研究には、自由な発想と多様なアプローチができる環境が不可欠です。加えて、「その成果の発信とそれに対する討論」が種々の形で行われる環境もまた不可欠なのです。私自身は、未来の学術を担う大学院生や若手研究者の皆さんに、そのような環境を用意することに努力を傾けたいと思っているのです。

image

ところで、先日(4月12日)は、遺伝学専攻を2名の理事らと共に訪れました。多種類の桜(注2)からなる並木の見事さや、その中には文字通り「黄桜」と呼べるものが実際に存在することに驚かされつつ、これを案内してくれた3名の在学生(中沢信吾君、松本悠貴君、飯塚朋代君)が、すぐれた環境のもとで楽しそうに勉学・研究に励んでいる様子を窺えたことに感激しました。また、その後に多数の専攻教員の方々と交流する機会を得て、総研大生が勉学・研究に集中できる生活環境をいかに用意すべきかについて、熱意をもって議論されたことにも強く感動しました。本年度中に理事と共にすべての専攻と基盤機関を訪れることを計画していますので、皆さんともまたお会いできればと思います。学生の皆さんや、専攻教員の皆さんの生の声を、今まさに進みはじめた第3期の機能強化(大学改革)に反映させて、時間をかけてでも、本当によいものにしていきたいと考えています。

では、また!

注1)安倍首相による2014年5月6日のOECD閣僚理事会基調演説の一節より引用。
注2)国立遺伝学研究所の構内には、ソメイヨシノ(染井吉野)の起源の研究で有名な故竹中要博士(元遺伝研細胞遺伝部長)が全国から収集した260種以上の異なる品種の桜が植えられている。2枚の写真(永山理事撮影)は、遺伝研のある三島市の「市の花」となっているミシマザクラ(三島桜)と黄桜の1つであるギョイコウ(御衣黄)です。

PAGE TOP