対談 小林誠名誉教授(2/2ページ)

小林・益川理論の源流としての南部理論、そして理論を証明できる大型施設KEKの存在 加速器の多種研究への活用と総研大学生の役割

永山 南部陽一郎先生の南部理論に対するノーベル賞は、個人的に小林・益川理論の源流としての日本の科学への寄与に対して、日本に与えられたものだという感じがありました。先生はどういう影響を受けていらっしゃいますか。

小林 私が大学に入って最初に勉強したのは南部理論です。専門的になりますが当時「カイラル対称性の自発的破れ」ということが広く認識され始めた時期でした。以前からカレントアルジェブラというのが流行っていて、そこでやっていることが対称性の自発的破れという言葉で理解すべきものだと分かってきたわけです。その理論の元が南部理論で、私もこの勉強から始めました。
一方1970年代の初めに一般化されたゲージ理論の繰り込み可能性が証明されますが、これに自発的対称性の破れの考えを取り入れることによって、現実の素粒子の理解が一気に進みます。したがってその源流は南部理論にあるといえると思います。ちょうどこのころ、我々はそれを使ってCPの問題を議論したのです。

岡田 今、大きな流れの一翼として高エネルギー加速器研究機構(KEK)がありますね。KEKは先生の理論を実証されたことが非常に大きいのですが、これからのKEKとそこで学ぶ学生に対して、どのようなことを期待されるのかをお聞きしたい。

小林 いまKEKは色々な科学の分野で、加速器を使った研究に力を注ごうとしています。素粒子関係で言えば二つの方向性があります。一つは、我々の理論を証明してくれたBファクトリーをグレードアップしています。来年年初から加速器の運転を始め、さらに精密な実験を行います。狙うのは、いわゆる「標準模型」の先にあるもので、それの何かの兆候を精密実験から見つけたいということです。
もう一つはJ-PARC(大強度陽子加速器施設)の実験です。特にJ-PARCで生成したニュートリノによるT2K実験です。最近の一番の関心事は、ニュートリノの反応の中にCP対称性の破れがあるかどうかです。ニュートリノ振動の実験を続けて、こうした問題を調べるということです。加速器の実験という意味ではこの二つが大きなものですが、今の大きな問題は運転経費です。建設はできましたけれども運転経費の確保に苦労しています。
加速器は、高エネルギーの実験だけではなく、色々な所で使われるようになっています。その人材として、KEK、総研大からの学生さんが非常に大きな役割を担っています。

岡田 素人的なことで、ついでにお聞きしたいことですが、ビッグバンのときに粒子と反粒子が同じだけあったのに、いまその反粒子はどこに言ったのかという問題はいつどのように解決されると思われますか。

小林 お尋ねは、宇宙論の中でも、なぜこの宇宙が反物質ではなく物質からできているかという部分かと思います。この問題がBファクトリーで確認したような我々が提唱したメカニズムで説明できるかどうかというと、今、それでは説明不可能ということになっています。要するに、我々の提唱したメカニズムは、実験室で見えるようなCP対称性の破れは全部説明できるが、宇宙の問題を説明するには少し足りないということです。
では何が宇宙の問題に効いているのかというときに、先ほどのニュートリノ反応のCPの破れが非常に期待されています。それがあれば説明できる可能性が大いにあると思われています。皆さんがニュートリノの実験に注目している大きな理由ですね。

大事なことは広い視野で全体を俯瞰する力! 1973年、20代で発表した1本の論文に与えられたノーベル賞

永山 もう一つお聞きしたいのは、先生が受賞したノーベル賞は幾つかの論文ですか。それとも1つの論文ですか。

小林 1つですね。書いたのは1972年で発表されたのは1973年です。京都に行ったのは1972年4月ですから、書いたのは京大助手になったばかりの20代の頃です。

岡田 今後、総研大生や総研大以外の大学院生など、若い人たちに日本でノーベル賞をどんどん取ってもらうためにどのようなことが必要ですか。励ましの言葉でもいいのですけれども。

小林 ノーベル賞は結果ですから狙うということではないと思いますが、なるべく広い視野を持ち、全体像を常に頭に描くことが望ましいのではないかという気がします。目の前の問題を遂行することも大事ですけれど、いかに全体を俯瞰していくかです。

岡田 全体の中に自分の研究を位置づけるということですね。その点で総研大第3期大学改革での教育改革では、最初に全学総合教養教育を受けてもらった後、何年か研究を一生懸命やっていただいた上で、全体を俯瞰するような場を教育の場で与えようと考えています。

永山 こと素粒子に関して日本は人材的にも教育的にもものすごく層が厚いですが、これからますます世界に影響を与える人材は、もちろん総研大に限らず生まれる機運というか、基盤はありますか。

小林 素粒子理論の研究で言うと、今非常に難しい局面にあるので、目に見えるかたちではあまり成果は出にくい状況はあると思います。実験もいくつかありますが、先の展望が明るいかというと、加速器に制約される部分がありますからそう楽観はできません。ただ人材的には昔に比べても遜色なく、優秀な人は十分来ていると思います。その人たちが成果に恵まれることを期待しています。

岡田 そういう環境をやはり作らないといけないですね。先生はこれからも日本の学術をJSPSの立場で支えていただく重要な役割がありますので、ぜひ国力を下支えしてきた役割にある国立大学について、先生の方からも力添えをいただきたく改めてお願いします。

小林 JSPSでは学術システム研究センターに、100人を超す現役研究者が研究員として所属し、JSPSの事業全般にわたって活発な議論を行っています。こうした現場の研究者の意見を、大学の研究を支援する仕組みに活かしていきたいと考えています。できる限りの努力をしたいと思います。

岡田 ぜひお願いいたします。先生、本当に長い時間をお話しいただきありがとうございます。ぜひこれからもご協力、ご尽力いただきますようよろしくお願いいたします。

2/2ページ

関連ページ

PAGE TOP